易経を読む(最新話)

易はすべての現象を八卦で捉え、上下卦を組み合わせることにより、より複雑な現象とその変化推移を表すことができる。一つの形は常に同時にあらゆる形への変化の可能性を持つ。易は宇宙の多次元性のしくみを視覚的に捉え、文字によって具象化している唯一の体系と言ってもよい。爻辞に用いられる文字はこのことを掴むために欠かせざる存在となる。甲骨文及び金文の象意を正確に読み説くことで、卦と卦の繋がり、爻変の可能性をより正確に掴むことができるようになる。

*甲骨文・金文の意味解釈は白川静氏編纂の「字通」及び「白川静著作集」を参照。 

*易経解釈:浅沼 元世翬 

 

 

                                                山天大畜  

 

「輿説輹」(山天大畜 九二)

①輿(くるま)輹(とこしばり)を説く。

②輿して説き往復する。

 

山天大畜の「大畜」は大いに畜(とど)めると読むが、これは下卦乾の三陽を上九を含む艮が止める形を現わす。「輿」は四隅に手をかけて手車を担ぐ形。車の輿。乗せて運ぶ。担ぎ手。「説」は神に告げ祈ること。脱去の義があるという。車を担ぐ人を「輿人」。その言うところを輿論とする。

 

「輹」は車軸の縛り。この爻辞は風天小畜の九三と同じ表現を含む。「輿説輻 夫妻反目」。「夫妻反目」の形は九三が変爻して風澤中孚となり、その裏卦である雷山小過の形によって生じると解釈した。ところがこの形は山天大畜にはない。まずは「輿」が用いられる卦を掲げ、形の変化推移を見極める。

 

「師或輿尸 凶」(地水師 六三)

「田有禽 利執言 无咎 長子帥師 弟子輿尸 貞凶」(地水師 六五)

輿説輻 夫妻反目」(風天小畜 九三)

「碩果不食 君子得輿 小人剥廬」(山地剥 上九)

「貞吉悔亡 藩決不羸 壯于大輿之輹」(雷天大壯 九四)

「見輿曳 其牛掣 其人天且劓 无初有終」(火澤睽 六三)

 

上記の卦の形を見ていくと、「輿」の形には三つのパターンがあるように見える。一つは陽-(陰-陽-陰)-陽の形。陽爻の間に坎の形がある。真ん中の陽爻を「輿」とする。二つ目は地水師の六五が変爻して生じる坎爲水もしくは離爲火の形。この形は「輿」の形としては説得力がない。三つめは雷山小過の形。この形も「輿」の形に見える。ところが雷天大壯、山天大畜はこれらの形に相当しない。ではなぜ「輿」を用いたのか、さらに考察していく。

 

上卦の震または艮を車前方の軛(くびき)とする。下卦の乾(三陽)は人が乗る屋形の部分。つまり下位の三陽を上九の艮が引っ張って進む形とみる。山天大畜はこの三陽のうち軸の九二が変爻することを車軸が脱落する形と見たのではないか。因みに九二が変爻すると山火賁となり、山火賁の初九に「賁其趾 舍車而徒」とある。「車」は”車軸脱落”によるものと推察する。また山天大畜の六五に「豶豕之牙 吉」とあり、「豶」の文字が山火賁の「賁」に繋がる。

 

雷天大壯は上卦の震が勢いよく下卦の三陽を引っ張る。故に「壯于大輿之輹」とあり「壯」(さかん)の文字が用いられる。最後に山地剥上九の「輿」は上記すべての事例に当てはまらないが、下位の陰爻すなわち衆人が上九を「輿」に乗せ持ち上げる形と見ることもできる。君子は担ぎ上げられる形となるが、小人は隔離され端に追いやられる形となる。

 

「輿説輹」の訳は輿(くるま)輹(とこしばり)を説くと読むのが本筋であろう。但し易の爻辞は文法や通例に沿った読み下しに縛られると、文字に素直に出ているコードを読み落とす恐れがある。爻辞は固定観念にとらわれず、一文字一文字をそのまま繋げて見ることも大切である。「輿」「説」「輹」は誰かの輿(車)に乗せてもらい、「説」得し、演「説」しながら往「復」するという読み方もできる。例えば選挙に出馬した人が「輿」(車の上)に乗って演説し、周辺を往復する姿もこの光景に当てはまるだろう。「輿」には輿人(衆人)さらには輿論の意味もある。このことを裏付けするかのように九三の爻辞に「良馬逐 利艱貞 日閑輿衞 利有攸往」とあり、出馬を暗示する「良馬」の文字が出てくる。「良」は穀を選び量を定める。良善を見極める義である。

  

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)