澤天夬

                             

  

   

【彖辞】夬 揚于王庭 孚號 有厲 告自邑 不利卽戎 利有攸往

 

夬。宮庭にて王の恩寵に報いる。誠心誠意、願いの成就を求める。危うき

 ことある。都の郊外(所領)より禍を告げ訴える。西戎を宗廟に招くべき

 ではない。このことを弁えれば進んでよい。

 

夬。宮庭にて王の恩寵に報いる。誠心誠意、願いの成就を求める。危うき

 ことある。都邑(異方)より禍を告げ訴える。西戎に近づくべきでない

 このことを弁えれば進んでよい。

 

澤天夬は裏卦の山地剥同様、陰陽著しく偏りバランスが悪い。末端のみ陰陽が異なるため、何かの瀬戸際の状況を表す。「號」「告」「戎」の文字はいずれも凶事を物語る。

 

「夬」はゆがけまたは刀器を持つ形。天澤履の九五に「夬履 貞厲」とある。この「夬」は決然としての意味となる。「履」は未開の地へ足を踏み入れる時の践土儀礼であるから異国への進出となり、五爻であっても「貞厲」(出入りを厳密にしても危険)となる。「揚」は金文に「王の休(たまもの)に對揚す」とあり、恩寵に報いる意味として用いられる。故に「王庭」の文言が続く。「庭」は公宮の中庭を意味し、裏卦に中庭の形が現れる。「告」は告祭を表し、凶事の際に特別に取り行う祭祀。「邑」は都邑の外郭。「或」は国境を表す文字で、上下卦の境界で用いられる傾向がある。「戎」は「西戎北狄」の言葉があり、西方の外敵を表す。「戎」も同様に国境の有事に関わる文字である。従って九三または上六の状況となる。

 

この卦の裏卦は山地剥であり、この形に置き換えると最も危うい境界は六三となる。山地剥は上九のみが陽となり、この存在が脅威となる。「戎」の根源は裏卦の上九と見てよいだろう。「剥」は剥ぎ取る意味であるから上九が剥がれ落ちることを意味する。これが澤天夬の上六に当てはまる。陽爻の塊が上六を押しつぶす勢いで上がってくる。 初九と九三の「壯」がこのことをよく現わす。「壯」は雷天大壯でも用いられる。

 

雷天大壯【初九】壯于趾 征凶 有孚

  

雷天大壯は澤天夬の九五が変爻した卦であり、双方とも陽爻が多く勢い盛んとなる。

 

 

 

 

 

【初九】壯于前趾 往不勝爲咎

 

①前足が盛んに進む。往きて勝たず、神罰を招きよせる。

②前足が盛んに進む。奮起して出発すれば神意に適わず、神罰を招き寄せる。

 

「壯」は親王族の身分を表す。王朝の軍政執行者。「前」は旅立ちの前や帰還時に前足の爪を切り揃え河に投じた修祓の儀礼。「勝」は鋤の「力」にものを供えて祀り、農事の吉凶を卜し、神意に適うことを「勝」とした。乾の初九で旅立ちの前の位置と見なす。この卦は多分に裏卦の状況を表す。澤天夬の初九は爻位置から見て、裏卦山地剥の賓卦地雷復の上六に通じる。地雷復上六の爻辞に「往不勝」の別の背景を見ることができる。

 

地雷復【上六】

迷復 凶 有災眚 用行師 終有大敗 以其國君 凶 至于十年不克征 

                     

 

 

 

【九二】惕號 莫夜有戎勿恤

 

①恐れて号泣する。日暮れ時に敵襲がある。憂うることはない。

願いの成就を求めて号泣する。日暮れ時に西戎の禍ある。憂いを祓え。

 

「惕」をおそれと解するのは後世の義。「易」は珠玉の形。勿はその玉光。玉光をもって魂振りを行う。修祓の義を含む。「號」の「号」は祝禱の器サイと枝の形。祝禱の器に向けて願いが成就するよう哀訴する義。「虎」を兌の象意とする。上卦の兌を号泣の形とし、上六の「號」に応じる。「莫」は「艸」+「日」。草間に日が沈む形。日没の象。「戎」は「戈」+「干」。兵器。西方の外族。「恤」は血盟に臨む義。救う。うれえる。「莫夜」の象意は裏卦からもたらされたものであろう。その一つの根拠が九五の「陸」の義に伺える。「陸」は神を迎える幕舎の形であるが、日影を観測する機能があるとも記される(字通)。澤天夬の裏卦である山地剥の形を見ると丁度上九が日陰を作る物体に見え、初六から六五までの陰爻が影に見える。上九を日の光とすると、上卦艮の山から消え失せようとしている姿と見ることもできる。六二が変爻すると坎となり「恤」が生じる。

 

 

 

 

【九三】壯于頄 有凶 君子夬夬 獨行遇雨 若濡有慍 无咎

 

①頬骨が張り出すように強気である。禍ある。君子は決然として進む。

 一人行けば奇しくも雨に遭う。もし潤えば怨まれることある。咎めなし。

②頬骨に壮んである。禍ある。君子は再三決断する(袂を分かつ)。

 伴侶なく独身で異族の地に向かい、奇しくも雨に遭う。濡いを若(よし)

 とすれば怨まれる。神罰なからん。

 

「頄」は「頬骨」。「頁」は易において頂上または先端を表す形象に用いられているから、応の上九のことを示す。「夬」は刀器を持つ形。分決。「若」は巫女が両手を上げて舞い神託を受けようとしている状態。「濡」の「需」は「雨」+「而」。潤う義。個人的な感情を持ち出すことであろう。「需」は巫女が雨乞いする姿。この義が「若」に繋がる。「慍」(ウン)は器中のものが温められて気の立ち込める形。内に籠る。ここでは怒らせる、恨まれる義。「君子夬夬」の「夬夬」が九五の「莧陸 夬夬」に応じる。「夬夬」の動きは裏卦六三の変爻であろう。六五は六三が変爻し上下に「夬」(艮)の形を作ることを警戒する。艮を刀器を持つ手とすると、上下卦の艮の繰り返しで「夬夬」となる。「君子」は六三が変爻することで生じる。これにより六五の地位に影響を及ぼす立場になるが、九三は艮で踏みとどまり、「中行无咎」となる艮爲山の六二に「夬」を含む文字が出てくる。艮爲山の九三に警戒すべき状況が現れる。

 

艮爲山【六二】艮其腓 不拯其隨 其心不

   【九三】艮其限 列其夤 厲薰心

  

九四が変爻すると水天需となる。上卦は坎の水(雨)となり、九五が一人下卦の三陽から離れる形となる。「獨行遇雨」はこの形を示しているようにみえる。この九五の「雨」に濡れることは怒り、恨みを買うことになる。下卦の乾の熱気が怒りを表し水を蒸発させる。そして九三は九五の坎の水(情)に最も近くその影響を受ける。これが「獨行遇雨」「若濡有慍」の形ではないか。「濡」と水天需の「需」が応じることがこの推察を裏付ける。「濡」は山火賁、水風井、水火旣濟、火水未濟の爻辞でも用いられる。いずれの卦も坎の水が「濡」として現れる。

 

 

 

 

【九四】臀无膚 其行次且 牽羊悔亡 聞言不信

 

臀に膚なし。思い立って行き、嘆き祈る。羊を牽くかの如く行えば悔いはない。その言葉を聞いても信じない(信じてもらえない)。

 

「次」は人が嘆く形。ならぶ。序列。旅のやどり。「且」は机の上に物を載せて薦めて祈ること。「牽」は牛の角を引く形。「臀无膚」は九四が下卦乾の熱気で尻の膚が焼けただれる様子を表したものであろう。落ち着く間がない状況を表す。賓卦の天風姤の九三に同じ「膚」の文字が現れる。九四の位置は賓卦の九三の位置となる。「牽羊」も裏卦の形であろう。上九の艮の手が下卦坤の羊の集団を牽く。羊のように大人しく従えば悔いがない。「聞言不信」は相手の言葉を聞いても信じない、あるいは信じてもらえないこと。この辞は九四が「言」の象意である兌の上卦に入ったことを表す。但し下卦の三陽と同じ並びに入り、下位の発言として見なされ聞き入れてもらえない。

 

天風姤【九三】臀无膚 其行次且 厲无大咎

 

 

 

 

【九五】莧陸 夬夬 中行无咎

 

①山ごぼうが中途で切れる。中道を守れば、咎めはない。

②陸(幕舎)を見る。分決する。中廷に赴き神罰なし。

 

「莧」の声符は「見」。ヒユ。または水を引くために架設した樋(ひ)。「莧陸」を山ごぼうと解釈する説もある。この卦ではどちらの意味で用いているか明確な答えが出ないが、卦の形から推察すると、いずれの解釈も可能である。「陸」の「坴」は幕舎の形。「阝」は聖梯。聖梯の形は裏卦山地剥よりもたらされる。「陸」は神を迎える幕舎の形。聖梯の前に幕舎を列ね、土主を置いて祀る。また日影を観測する機能があるという(字通)。裏卦の六三が変爻して、九三・上九と梯子を上る形が生じる。「莧」を懸樋(かけひ)と解釈すると、裏卦山地剥の形をかけ渡す形と見ることもできよう。「莧陸」を山ごぼうとすると、「夬夬」はごぼうを引き抜く時、中途の位置で切れることを示したものであろう。裏卦山地剥の賓卦である地雷復六四に「中行獨復」とあり、「中行」が九五の爻辞に応じ、「獨」が九三の爻辞に応じる。地雷復の六四が変爻すると震爲雷となり軍行の形となる。その九四を中軍と見なす。「夬夬」は九三の爻辞で示した通り、裏卦の六三変爻による艮爲山の象意と考える。

 

震爲雷【六二】震來厲 億喪貝 躋于九 勿逐 七日得

 

艮爲山の賓卦である震爲雷の六二は艮爲山の六五の位置に当たる。「陵」と「陸」は同系の文字である。「陸」に澤天夬の形が現れていると考えると、「莧」と「陸」は個別の意味で捉える必要があろう。「莧」に「見」があるから、「陸」(幕舎)を見ると解釈することもできる。「陸」の本体は山地剥の上九であり、これが「夬夬」するとは、六三の位置で分決する可能性を説くものであろう。これは裏卦の六五から見た六三の動きである。ここで神聖を犯す「陵」ではなく「陸」を用いていることが、「中行无咎」の評価に繋がっている。

 

 

 

 

【上六】无號 終有凶

 

 号泣することなし。終には禍ある。

 

「號」は九二に応じ、「有凶」は九三に応じる。「无號」は上六が「號」の元であることを示す。下位の陽爻に押され、陰のエネルギーが消滅しようとしている。上六を卦極にいる小人と見なす。

 

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)