水風井

                             

  

    

【彖辞】井 改邑不改井 无喪无得 往來井井 汔至亦未繘井

    羸其瓶 凶

 

①井戸。村落が改まっても井戸が改まることはない。失うこともなければ得る

 こともない。井戸のある村落を往來する。ほとんど水に達するところまで

 釣瓶が届くが、糸が切れてしまう。災いある。

②井方。村落を変えても井方(国)は変わらず。(衆人を)喪うこともなく

 得ることもなし。井方と井方を往來する。ほとんどその地に至らんとして

 未だ井方を巡察せず。釣瓶を絡ませる。災厄である。

 

 

「井」は元来井げたの枠の形。犯罪者の首につけた枷である。卜文・金文では国名、井侯として用いられる。「井」の義は火雷噬嗑で噬嗑の義とともに考察した。火雷噬嗑は彖辞に「噬嗑 亨 利用獄」とあり、獄訴に関する卦となる。その裏卦が水風井となり、「井」には犯罪者の首枷の意味があると述べた。ところが水風井の彖辞を見ると、「井」は井戸の他、国名や村としても解釈できる。「往來井井」は井方を往来する、あるいは村と村を往来すると訳すこともできる。「繘」はつるべ縄とするが金文は不明。「矞」(イツ)は矛を台座に立て武夷を示し巡察すること。刑罰権を含む文字である。「未繘井」は未だ井に釣り糸せずと訳すが、未だ井方を巡察せずと訳すこともできよう。

 

卦の形と八卦の象意から井戸の形を読み取ると、上卦の坎は水または糸(縄)、下卦の巽は坎の水をくみ上げる桶となる。巽は宙に浮く象意もあるから、桶が上下する動きを捉えていると見ることもできるが、桶は兌の象意と考えられ、表の形と八卦の象意から井戸を類推することはやや困難である。一方、裏卦の火雷噬嗑を見ると、初九から上九に井戸の形が現れ、九四の水を汲み上げる形に見える。易で用いられる「食」は飲食、会食の義であるが、その裏には生計、職、食禄の意味がある。この卦は全体としてみると、養いを求め生計を立てる段階を表す。汲み上げる意味から、抜擢、登用を願う卦としても読むことができる。

 

 

 

 

【初六】井泥不食 舊井无禽

 

①井戸の水が泥して食することができない。古井戸に禽(鳥)なし。

②井の水が親昵して汲み上げられず。足かせの罠に禽(鳥)なし。

 

「舊」は萑+臼。鳥がその器に足を取られ脱することが出来ない形。「禽」は網で上から鳥獣を覆う形。鳥獣の義。初六は泥が溜まる井戸の底であり、つるべ縄が届かない。故に「不食」となり汲み上げられない。裏卦火雷噬嗑の初九に「屨校滅趾 无咎」とあり、「校」にかかり「趾」を滅するとあるから、「舊」の義に通じる。この爻辞の「井泥」は井戸の意味であるが、「舊井」はどちらも足を捉える枷の意味が含まれる。「舊井无禽」は裏卦の足を取られる形を示したものと考えられる。但し、その枷にかかった「禽」はなしとなる。一方、「井泥不食」はどの爻の動きを表したものであろうか。「泥」はどろの義であるが、「尼」には親昵、なずむ義がある。この文字については震爲雷の九四でも用いられる。震爲雷の「泥」は初九と九四が親昵する形を表すため、この関係も火雷噬嗑の形に置き換えることができる。つまり初九と九四が親昵すると、上に向かって動かなくなるため、九四の水が上九まで汲み上げられないことになる。この九四の動きを「井泥不食」とし、九四の水を「食」することができないと表現したのではないか。

 

 

 

 

【九二】井谷射鮒 甕敝漏

 

①井国の谷にて、鮒を射て祓う。甕が割れて、水が漏れ出る。

②井侯、射鮒の儀式(和好)を欲する。甕が割れて、水が漏れ出る。

 

「射」は「舊」の妖鳥を「射」て祓う。重要な儀礼で行う修祓の祝儀。「会射」による誓約。和好。雷水解の上九でも「射」が用いられる。

 

雷水解【上九】公用隼于高墉之上 獲之无不利

 

「鮒」はふな。「甕」の声符は「雍」(ヨウ)。「雝」の省略形。豊かに膨らんだかめ。池や沢の中島に祈所を建てたものを璧雝(辟雍)という。中島の祈所の形を裏卦の九四と見る。「敝」は縫い飾りのある礼装用のひざ掛けがほころびる形。霊を包むなど呪的目的で使われた。この爻辞は特に難解。この爻辞の「井」は枷、井戸の義とは考えにくい。九二の「射鮒」は鮒にそそぐと読むことがあるが、鮒を射ると読むべきであろう。「射」は祭祀の前に行われる重要な修祓儀礼で「会射」と言われ、誓約、和好の儀式であった。礼記に「古は天子射を以て諸侯卿大夫士を選ぶ」とある。また祭祀の前の射や漁は祓禳の儀礼として行われたとも言われる。「射」は修祓儀礼の文字であるから、この場合の「井」は国名または井侯と見たほうが自然であろう。「漏」は「尸」+「雨」。もれる意味の他、漏刻(水時計)を表す。周礼に見える。火雷噬嗑の初九、上九が水時計の天と底とし九四が水となる。尚、火雷噬嗑の六三が変爻すると離爲火となり、その裏卦は坎爲水となる。つまり裏卦六三の動向次第で水がだだ洩れの形になる。また「甕」が璧雝(辟雍)に通じる文字であることを考えれば、これは易特有の暗喩表現とも考えられる。九二の爻辞が誓約、和好の儀式を表し、「敝」「漏」の義によって、その制約がやぶられることを暗示したとも考えられる。彖辞を読むと、物事が成立しそうで中途で切れる様子が伺える。裏卦の六三変爻による離爲火は分裂、分断の象意であり、六三の動き次第で交渉の破断が考えられる。

 

 

 

  

 

【九三】井渫不食 爲我心惻 可用汲 王明並受其福

 

①井泥をさらい取るに、食らわれず。我が心の痛みとなす。もって

 (この人を)汲みあげるべきである。王徳明らかにして共にこの恩沢を

 拝受する。

②井泥をさらい取るに、食らわれず。我が心の痛みを招く。もって

 汲み上げるべし。王の神妙なる徳に向き合い、並びその酒を拝受せよ。

➂井侯、泥をさらえ取るに、食らわれず。我が心痛み悲しむ。もって

 (我を)汲み上げるべし。王の神妙なる徳に向き合い、並びその酒を

 拝受せよ。

 

 

「渫」は水底の泥をさらい取る義であり、「枼」は枝葉の象形。この中に「世」が含まれる。「世」には世継ぎ、継承の意味がある。「渫」のさらい取る泥はどの爻に当たるのだろうか。「不食」の文言が初六と応じる。裏卦を井戸の形と見ると、初九の底に泥が溜まる。初六の「泥」がこのことを裏付ける。六三が初九と結びつくことを泥をさらう形と見る。この場合六三は初九の養いを受けることはできない。裏卦の形は山雷頤の六四が変爻した形であるから、養いを誰から受けるかが問われる。六三は上九の養いを求めることが筋であるが、下位の初九と結びつく。これを「井渫不食 爲我心惻」と表現したのではないか。山雷頤の初九に「舍爾靈龜 觀我朶頤 凶」とある。ここに「我」と記され、六四が初九に傾くことを「凶」と警告する。また山雷頤の六三に「拂頤 貞凶 十年勿用 无攸利」とある。「十年勿用」の意味は十年間この人を用いることができないという意味であり、これは十年職にありつけないことを表す。この経緯から九三の爻辞は君主に食禄を求める辞と考えてよいだろう。周公関係の器に「井侯の服(こと)をたすけよ」と記される。「我心」とは九三の置かれた状態であり、山雷頤初九の「我」がこれに応じる。「惻」は痛み悲しむこと。九三は九五の君主から地位を揺るがす存在として警戒され、常に遠ざけられる。このことが九三の「惻」となる。「汲」の「及」は「人」+「又」。後ろより手を延ばして、前の人に追い及ぶ形。追いつくこと。つまり六三が九四の水の汲み上げを追いかける形である。また表の形では九五の君主「王」が九二と九三を登用する(汲み上げする)形と見ることもできる。この様子が「王明並受其福」という表現となる。「並」は九二と九三が並ぶ形であり、「福」は九五がもたらす恩沢である。

 

  

 

 

【六四】井甃 无咎

 

井戸の石だたみ。神罰なからん。

 

「甃」は石だたみ。「秋」は「禾」「亀」「火」から構成される文字で、「亀」は穀物につく虫である。秋は収穫の時で虫害は食料危機、飢餓に直結する。故に「秋」は危急存亡の秋(とき)でもある。「収」穫の「秋」が上六の「収」に通じる。この爻辞も裏卦を見るべきである。裏卦を井戸の形とすると、九四は井戸の地上に出た石囲いの部分になる。九四を山雷頤から捉えると、「顚頤吉 虎視眈眈 其欲逐逐 无咎」とあり、九四は上卦に入り、上九と結びつき養いを得られるので吉となる。但し応である初九に気が傾くから「虎視眈眈 其欲逐逐」となる。「欲」に「谷」があり、水風井九二の「谷」に応じる。

 

 

 

 

【九五】井洌 寒泉食

 

①井戸清らかにて、寒泉(冷泉)食らわる。

②井方、寒冷なり。寒泉の思いで会食する。

 

「洌」は寒冷。きよい義。「寒」は凍土の上に草を重ねた形。詩経に「爰(ここ)に寒泉有り 浚(しゅん)の下に在り 子七人有るも 母氏勞苦す」とある。母に労苦を思う詩。九五は地位が安定する位置で、井戸水が清められた状況をいうのだろう。但し生計の安定を保証する表現がみられない。

 

 

 

 

【上六】井収勿幕 有孚元吉

 

①井戸収めて、天幕で覆うなかれ。孚の心がある。

 命を全うして帰還し元首に報告せよ。契刻した誓約を実現せよ。

②枷をかけ束縛する。主君に奏上し命をうけ宿衛する。孚の心がある。

 命を全うして帰還し元首に報告せよ。契刻した誓約を実現せよ。

➂枷をかけ縄なう。天幕を祓え。孚の心がある。命を全うして帰還し

 元首に報告せよ。契刻した誓約を実現せよ。

 

「収」は強く縄なうように巻きつけること。縄形のものが相まつわる形。人を責めて縄なう。収束する義。「幕」の「莫」は草間に日が沈む形。将軍の宿衛地。天幕。「幕」は裏卦の上九の象形であろう。上九を鶴瓶の滑車とすると九四の水がくみ上がる。一方、上九を井戸の幕(蓋)とすると九四の水が汲み上げられない。上六の最上位に至りようやく生活の安定を得、定職を得られる。また山雷頤の上九の役割は下位を養うことであるから、天幕を覆うのではなく、水汲みの天上となることが求められる

 

山雷頤【上九】由頤 厲吉 利渉大川 

 

「由」は実が油化した状態。所以。由縁。由来。由らしむ儀。上九は下位の衆陰を由らしむ。この立場が水風井の上六(火雷噬嗑の上九)に当てはまる。

 

「有孚元吉」は九五の象意である。「元吉」の用い方は風雷益で述べた。「元吉」は五爻が元首であることを明確化させるために用いる文言である。水風井上六の「元吉」は九二と九五が張り合うこと、また裏卦においては上九が養いの元であるから、六五の元首の地位を越える存在となる。九五が陰陽転ずると、地風升となり九二と九三が巽の従う気運に乗り、六五の元首に従う形が整う。さらに地風升の裏卦天雷无妄においても、五爻の地位の安定は確保される。尚、上六が変爻すると表は巽爲風、裏は震爲雷となるが、いずれの形も五爻が元首であることを明確化しない。

 

地風升 【六五】貞 升階

    【上六】冥升 利于不息之貞 

天雷无妄【九五】无妄之疾 勿藥有

    【上九】无妄 行有眚 无攸利

巽爲風 【九五】貞吉悔亡 无不利 无初有終 先庚三日 後庚三日  

    【上九】巽在牀下 喪其資斧 貞

震爲雷 【六五】震往來厲 億无喪有事

    【上六】震索索 視矍矍 征 震不于其躬 于其鄰 无咎

        婚媾有言

 

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)