地澤臨

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【彖辞】臨 元亨利貞 至于八月有凶

 

①女(なんじ)に臨む。命を全うして貢を致、身を慎むがよい。

 八か月後に至りて災いある。

②霊が降臨する。命を全うして無事帰還し廟に報告せよ。祖霊を祭り烹飪し、

 出入りを厳密にせよ。八か月後に至り、有事がある。災厄を祓え。

 

「臨」は臥して下方を遠く覗き込む形。詩経に「上帝、女(なんじ)に臨(のぞ)む」とある。また礼記に「臨者門を入りて右す」とあり、直接柩に対し哭泣する礼を意味する。「臨」は臨時、臨検、臨戦の意味として使われる。いずれの場合も臨戦、臨時の状況があり、下方を覗き込み実体が何かを確かめている。ところが地澤臨の爻辞は易経六十四卦の中で最も「吉」が多く出てくる卦の一つである。六爻の中で「吉」とつかないものは三爻と四爻のみである。

 

彖辞の「八月」の解釈はいくつか考えられるが、卦を月に配する見方が一般的である。地澤臨は易の爻を十二か月に当てはめた消息卦の陰暦十二月に当たり、その八か月後に陰暦八月の風地觀に至る。風地觀は地澤臨を逆転させた形であり、これを警戒する辞とする。これに対し私はもう一つの解釈を付け加えたい。それは六四変爻による雷澤歸妹の形からもたらされる警戒である。

 

そこで地澤臨の六四の爻辞を見ていただきたい。六四の爻辞には彖辞で用いられる「至」の文字が現れる。易は文字に特別な意味を持たせる。彖辞の「至」が六四の爻辞で用いられるということは、彖辞「八月」の凶の原因がこの位置にあることを暗示する。六四が変爻すると雷澤歸妹になるが、雷澤歸妹は裏卦(風山漸)と賓卦(風山漸)が同じ形となる。裏卦と賓卦が同一となると、表と裏の世界が錯綜し、形勢が逆転する。またこの卦は上卦と下卦を折りたたむように重ね合わせると陰陽が丁度重なる。易では第二爻・第五爻のいずれかの爻が陰陽転じて上卦・下卦が同じ八卦になる形を帰魂卦という。帰魂卦は死に至る病の形と見る。雷澤歸妹、風山漸はこの帰魂卦に当たり、このことを警戒した辞とも考えられる。

 

 

 

 

 

【初九】咸臨 貞吉

 

咸(ことごと)く命じて、汝に臨む。出入を厳密にして貞卜し修祓する。

契刻した誓約を実現せよ。

 

この卦の一つの見方は「感」染、「臨」検である。「咸」は祈祷した器に鉞を置いて封印し祝誓が終わることを表す。最高位からの厳密な通達である。金文に「旣に咸(ことごと)く命ず」とある。これらのことから「咸」は厳粛でただ事ではない状況に使われる文字とみる。「臨」は臨時、臨検、臨戦の意味として使われる。いずれの文字も緊急事態を表す。「咸」と「臨」の象意を突き合わせると、「咸」は感冒、感染、「臨」は感染による臨検と読み取ることもできる。初九は事態の初期段階であり、地に足をつけて対処できる。但し出入りを厳密にし、慎重に対応すべきことを説く。

 

 

 

 

【九二】咸臨 吉无不利

 

咸(ことごと)く命じて、(汝に)臨む。契刻した誓約を実現せよ。

差し障りはない。

  

初九の「咸臨」を引き継ぐ。臨戦態勢に当たり、九二は中位を保ち最も安定した位置にあるから力を発揮する。

 

 

 

 

【六三】甘臨 无攸利 旣憂之无咎 

 

①甘く臨む。利するところなし。事既に極まり、憂慮し奮起してここを出る。

 咎めはない。

②詰め込み臨む。利するところなし。喪中の人が嘆きながら行く。

 咎めはない

 

「甘」は中に物を入れてはめこむ義。「甘」は中に詰め込む意味と、事態を甘く見る意味の二つの解釈があり得る。「旣」は盛食の器。食に飽きて後ろに向かって口を開くこと。ここでは嘆きと解釈する。「憂」は「頁」+「心」+「夊」(すい)。金文の字は頭に喪章をつける形。元来は喪中での人の姿を現した文字であり、ここからうれいの義となる。六三は事態を甘くみる位置となり、対処が遅れ嘆く形となる。裏卦天山遯の九三に「係遯 有疾厲 畜臣妾吉」とある。ここに「疾」の文字があるから、この卦が病に関する臨検、臨戦の卦であることが分かる。「甘」の物を入れてはめこむ形から、狭い部屋や換気が悪い部屋に人を閉じ込めてしまう形と見ることもできる。

 

 

 

 

【六四】至臨 无咎

 

①矢をその地に刺して祓い、臨む。神罰なからん。

(八か月後に)至り、臨む。神罰なからん。

 

「至」は「屋」「室」に通じるので、部屋(病室)を現わす。六四は彖辞の「至」を用いることで、「八月」の災いを警告する。事態が深刻な状況に「至」る。易の三爻の位置は瀬戸際、運気の変化点を意味する。故に逆境が多い。先に示した通り、六四が変爻すると雷澤歸妹、その裏卦は風山漸となる。この卦は賓卦と裏卦が同じになり、死病を意味する帰魂卦となる。但し裏卦の九三は「係遯 有疾厲 畜臣妾吉」とあり、危うい状態であるが「畜臣妾吉」とある。臣下としてここに畜(とど)まり働くことにより吉となる。「係遯」は上卦の三陽の繋がりとして九三も「遯」れる爻と見えるが、下卦の艮に入ることで留まる形となる。

 

 

 

 

【六五】知臨 大君之宜 吉

 

神に誓って臨む。大いなる君主は出陣して宣言する。吉である。

②神にかけて誓い臨む。大いなる聖職者は、重大な行事で出発し、

 出陣の儀式を行う。契刻した誓約の実現を求める。

  

「知」は「矢」+「口」。「矢」は誓約。「口」は祝祷を収める器(サイ)。神にかけて誓い相互に意思を確認する義。緊急事態であることを相互認識し誓約する。「君」は今でいう大統領または総理大臣である。「宜」は廟や社稷で行われる出陣の儀式。トップが事態を認知し緊急の宣言を行う。

 

六五変爻による水澤節【九五】節 吉 往有尚

 水澤節の裏卦火山旅【六五】射雉 一亡 終以譽命 

 

水澤節では「甘」、火山旅では「矢」が用いられる。上記二つの卦の状況からも、事態を好転させる策を講じる様子が伺える。

 

 

 

 

【上六】敦臨 吉无咎

 

敦伐して臨む。吉である。咎めはない。

 

「敦」は「敦伐」(たいばつ)の意味として周代の金文に記録される。終盤に至り征伐し封じ込める意味であろう。これを吉とする。

 

地澤臨は上卦を坤とし下卦を兌とする。兌は気学でいう七赤金星に当たる。七赤は見落としや見間違いをよくする。また事態を甘く見る気質がある。地澤臨に吉が多いその最大の理由は下の二爻の存在にある。初九、九二は初期の段階、現場の反応を意味する。すなわち初期の段階で現場が気付き、すぐに臨戦態勢を取る。その裏には現場の長(二爻)と国のトップ(五爻)との陰陽和合(意思疎通)がある。故に貞吉となる。ここでも貞が出てくる。貞は出入りを厳密にする義。この迅速かつ厳密な処置にお墨付きを与えている。地澤臨はまずもって「臨」の原義を正確に把握することから始まる。また裏卦天山遯を参照し、さらに変爻後の爻辞を見ることで、状況を多角的に把握することができる。

 

 

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)