震爲雷 

                          

      

 

【彖辞】震 亨 震來虩虩 笑言啞啞 震驚百里 不喪匕鬯

 

①震の時、願望は通る。雷が襲来して畏れ慎む。安堵の笑い声あり。雷鳴は

 百里に及ぶ。匕鬯を失うことはない。

②異変に驚き騒動する。祖霊を祭り烹飪する。異変が生じ敵方の来襲に繰り

 返し驚く。巫女は手をあげ体を揺らしながら、詛盟し参列して哀哭する。

 この驚きが百里に及ぶ。匕鬯を失うことはない。

 

「震」は「雨」+「辰」。声符は「辰」。「辰」は振動。軍が震えて驚くことを言う。「虩」(ケキ)は玉光が上下に放射するさま。甲骨文に「虩(つつし)んで上下の若否と四方とを悟り」とある。「笑」は巫女が手をあげ、首を傾けて舞う形。「若」(承諾)と同形。神意を和らげる義。「啞」は安堵して笑う声。「亜」は玄室の形。「匕」は匙。ならぶ。したしむの義がある。「鬯」は香草を入れて醸した酒。祭祀に用いる品。鬯を以て宗廟に告げる。彖辞は「虩虩」「驚」のように騒乱を表す文字が用いられる。震爲雷は軍行、国家の有事を表す卦である。

 

 

 

 

【初九】震來虩虩 後笑言啞啞 吉

 

異変が生じ敵方の来襲に繰り返し驚く。敵の後退を祈り、啞啞と神意を和らげる言葉を発する。契刻した誓約を実現せよ。

  

初九の爻辞は彖辞とほぼ同じ文言となる。これは卦全体の中でも初九の力が大きいことを表す。「震」は雷がとどろく意味であるが、軍隊が夜間の異変に驚き慌てふためく意味があったと言う。「虩虩」は震の進む象意であり、虎は震のみならず兌の象意も含む。「笑言」「啞啞」は兌の象意。震爲雷の裏卦は巽爲風。巽爲風を逆さまにすると兌爲澤となる。「後笑言啞啞」の「後」は敵の後退を祈る意味であるから、後ろ向きにした兌爲澤の形を「笑言」の形と見ることもできる。「笑」は現代では笑う意味となるが、元来は巫女が手をあげ首を傾けて舞う姿を表す。「笑言」は澤地萃で述べたように労いの言葉と捉える。「啞」の「亜」は棺を納める部屋の形で葬祭に関与する。従って「後笑言啞啞」敵の後退を祈り、葬祭に参加した巫女が「啞啞」と嘆きの声を発しながら舞うと解したほうが良い。 

 

 

                 

 

 【六二】震來厲 億喪貝 躋于九陵 勿逐 七日得

 

①雷が落ちて危険である。億(十万)の民が財を喪う。聖域の九陵に登る。

 追いかけなくともよい。七日で財は戻ってくる。

②敵の襲来に驚き悪霊を封じ込める。億(十万)の民が財を喪う。斎戒して

 九陵に昇る。禍を祓い卜してその地へ行き七日間(喪に服し)その恩義を

 思う。

敵の襲来に驚き悪霊を封じ込める。十万の戦士を(逃亡で)喪失することを

 億(はか)る。斎戒して九陵に昇る。禍を祓い卜してその地へ行き、七日で

 戦士を取り戻す。

 

「億」の「意」は神意をはかること。「億」は神意をはかることによって安らぐこと。さらに「意」は十万の意味として金文に記載された例がある。「七日」の表現は 地雷復の彖辞「復 亨 出入无疾 朋來无咎 反復其道 七日來復 利有攸往」で考察した。震、艮は「三日」のリズムと「七日」のリズムを併せ持ち、「七日」は月の満ち欠けのリズムであると解説した。仮に九四が変爻すると上卦は坤の新月となり、ここから上六が変爻すると上卦に艮の上弦の月が生じる。新月から上弦の月までは七日である。この山雷頤の形は檻に囲む形に見えるから、逃げたもの失ったものを捕まえる形と考えた可能性がある。「躋」は聖域に上ること。「陵」は神霊の降下を迎えて祀るところ。「得」はその地に赴いて貝貨を取得する義で、「億喪貝」の「貝」に繋がる。「得」は金文で「贖う」意味で用いられることがある。「億」「喪」は六五の爻辞でも用いられ、繋がりを示す。「億喪貝」はどの形を表しているのだろうか。

  

「喪」は「哭」+「亡」。「哭」は祝祷を収めた器サイを並べて、犠牲を加え哀哭すること。死喪の礼。この時代は有事に衆人が軍事に従った。その獲得、喪失は極めて重大であったことから、衆人の喪失を貞う卜辞があった。このことが六五の爻辞「億无喪有事」に現れる。「億喪貝」の「貝」は貝ではなく衆人のことを暗喩で示していると捉えたい。「貝」は動くから六二から見ると九四の動きを示すものであろう。この卦を軍隊と見立てると、九四の位置は中軍であり、戦力の中心となる。軍勢も多いから震驚で戦士が逃亡することを警戒したものであろう。中軍九四の動向を「億」(はか)る。このように捉えると、「億喪貝」はすべて九四の動きとなる。さらに「九陵」も九四の動きと考えられ、九四の動きを逐うなとなる。すなわち衆人の逃亡を追うなとの文言である。「七日得」は震爲雷の形から「七日」の象意が生じるから、九四の中軍の戦勝で戦士を取り戻すことをいうのであろう。

 

 

 

 

【六三】震蘇蘇 震行无眚 

 

異変に驚き、繰り返し目覚める。異変に驚き行軍するも禍なし。

 

「蘇」は魚の上部に小さく木を加える形。蘇生。目覚める。初九の勢いが六三に及び、度々蘇生する。行軍の本体は初九と九四で九四が中軍となる。

 

 

  

 

【九四】震遂泥

 

①軍が騒乱し、泥に墜(お)つ。

②戦士が騒乱する。軍の進退を卜し、停滞する。

 

 

「遂」は獣が耳を垂れている形。これを犠牲にして軍の進退を卜し、その結果を見て行動すること。道路での呪儀。金文では墜(おちる)の意に用いる。なす。遂げる。ついにの義。「泥」はどろの意味のほか、なずむ、ぬかるむ、近づくの義がある。「尼」に親眤(しんじつ)の意味がある。九四は卦の主爻であり、中軍を意味する。九四が中軍であることは九四変爻による地雷復六四の爻辞「中行獨復」(「中」は中軍)によって確証が得られる。次に「泥」はどの爻あるいはどの形を表しているのだろうか。六二に「勿逐」とあり、「逐」う対象は九四と見る。すなわち九四から見ると六二に足を取られている形となり、これを泥とし、ぬかるむ形と見る。また九四は初九と応の関係であるから、初九と親眤する関係となる。初九は進む意欲が強く、九四を後押しするから、勢い余り無謀な進行に出る恐れがある。そして六二が変爻すると雷澤歸妹へ移行する。

 

雷澤歸妹【九四】歸妹愆期 遲歸有時

 

「歸」は帰還の義であるが、中軍がしばらく行路で引き止められ、帰還が遲れるとある。さらに雷澤歸妹と風山漸は裏卦と賓卦の同一形となる。この形に移行すると錯乱し、形勢の逆転が起き得る。またこの卦は帰魂卦であるため軍の進退に関しては大凶となる。この一連の経緯を九四の爻辞は正確に捉えている。

 

艮爲山【九三】艮其限 列其夤 厲薰心

この卦の九三は震爲雷の九四に当たる。九三は身の危険を承知で天命を拝受する。

 

 

 

 

 【六五】震往來厲 億无喪有事

 

①異変に驚く。異方を往来し、悪霊を押しとどめる。安んずれば有事に

 十万の軍勢を失うことなし。

②異変に驚く。異方を往来し、悪霊を押しとどめる。神意をはかれば、

 有事にも哀哭することなからん。

 

「往來」が六二の「來」に応じる。「往來」は卜文に現れる重要な用語で、保護霊のもとを離れて外地へいくことを意味する。古代人は何よりも異国へ足を踏み入れることを畏れた。異国へ出行するためには神の承諾を得、呪儀を行い災いを除いていた。「厲」は悪霊を押しとどめる呪禁である。「億」「喪」「厲」の文字が六二に応じる。六二と六五は既に記述した通り、変爻により裏卦と賓卦の同一形を招く。この形は錯綜と形勢の逆転を招く。従って六二同様、六五もこの形を警戒し、六二と同じ文字を並べることで共通の災いを持つことを示したのであろう。また六二は「來」のみで六五は「往來」となっている。この違いは六二の「來」は九四に貢することの危険であり、六五の位置は九四の上位にあり、九四が境界を越えて進む「往來」が危ういと言っている。その理由は六五の変爻によって九四の震の形が消え、澤雷隨を招き、裏卦と賓卦の同一形を招くからである。

 

「有事」という用語は現代では戦争、事変の意味で用いられているが、震爲雷の爻辞がこの意味の起源となろう。「事」は廟中の神に告げ祈ること。外祀をいう。この「事」が「王事」となり、異国に出向しその国を支配下に置くための祭祀の意味となる。「有事」は「王事」に準ずる言葉で祭儀を意味する用語であった。

  

震爲雷は震の足が重なることから、軍隊の進軍を表す卦と考える。異国へ進軍することの危険性あるいは異国が進軍してくることの危険性を表している。有事に際し軍勢あるいは民衆が動揺する気持ちを安ずる場面が現れる。「億」を十万とし「喪」人を亡命者とすると、十万の軍勢または民が有事に際し異国へ亡命することを警戒していたとも考えられる。

 

 

 

 

【上六】

震索索 視矍矍 征凶 震不于其躬 于其鄰 无咎 婚媾有言

 

騒乱し、探し求め、左右を見回す。外地へ進めば禍ある。騒乱は我が身に

及ばず、その隣人(邑里)に及ぶ。神罰なからん。婚媾(婚約)に関し

口論する。

 

「索」は縄をよりなう形。「捜」は声近い。捜す。求める。「視」の「示」は祭卓の形。「見」は神を見ること。神意の示すところを見る。「躬」は体とその脊椎の象。「鄰」は神の昇降する梯子の前に犠牲(羊の肉)を置いて呪禁する形。聖所。殷の祀所。その要所を境界(邑里)に置いたという。「于其鄰」の「鄰」は文字の意味から捉えると九四(賓卦の九三)となるが、境界の意味から捉えると六三もこれに加わる。この卦は賓卦にすると艮爲山となり、九三、上九が神梯になる。艮爲山の彖辞に「艮其背不獲其身 行其庭不見其人 无咎」とあり「身」を艮の象意として用いる。このことから「震不于其躬」は震爲雷 を逆転した形から生まれた表現と見てよい。「不」は塞ぐ、止められる形を持つから艮の象意である。従って「躬」は上六から見た九四となる。「婚媾」の文言は他の卦でも用いられる。「婚媾」の爻関係は特定の陰爻が二つの陽爻と結びつく形、または特定の陽爻が上下二つの陽爻の間に入り双方を繋ぐ時に用いられる。この卦の場合は上六が変爻すると六三が上九と初九双方に結び付く動きが出てくる。この形は山雷頤の上九と六三の関係となる。その六三の爻辞に「拂頤」とあるから、この状態は「婚媾有言」の形となる。この経緯から「震索索 視矍矍」は六三が結び付くべき相手を探索し見回す表現と見てよい。上六変爻による火雷噬嗑には「凶」が現れるから、「征凶」は上六変爻の動きに対する警告であろう。これらの経緯を踏まえると、「于其鄰」は六三と捉えたほうが理に適う。つまり震驚しているのは九四ではなく六三であると言っている。その状況が六三の「震蘇蘇」、驚き蘇生する形として現れる。

 

水雷屯【六二】屯如 邅如 乘馬班如 匪寇婚媾 女子貞不字 十年乃字

山火賁【六四】賁如 皤如 白馬翰如 匪寇婚媾

火澤睽【上九】睽孤 見豕負塗 載鬼一車 先張之弧 後説之弧 匪寇婚媾

       往遇雨則吉

上六変爻による火雷噬嗑【上九】何校滅耳 

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)