百十一話
〔4月の運気〕
4月は九紫火星が暦の中央(中宮)に入り、問題解決のために独自プランを打ち出します。この指南役として五黄土星が九紫火星を支えます。4月の五黄土星は自信をもって独自プランを提示し、世の中の問題解決に貢献します。このプランは機転に満ち、公益に与し、平等性に富み、恒久的平和を保障する案となります。一方、旧来の利害関係は崩れ、組織内の取引関係、契約関係、上下関係が崩れ、主人の鞍替え、取引先の変更などが生じます。九紫火星は真実を究明することによって問題を裁き、四緑木星は真実を世に広く知らしめる役目を担います。SNSはこのツールとして今年一年大いに力を発揮します。2025年の六白金星は恒久平和と、平等性に基づく法の整備、行政の運営に貢献します。七赤金星は融和に基づく方針を打ち立て、妙案をもって困難な交渉をまとめます。また簡素化を指向し、政府や行政の無駄を削減します。
世界は暦の流れに従った政治の動きを見せています。この流れに逆らう政治的決断は暦通り行き詰まり、5月からの政界再編に向かって進んでいきます。気の世界は流れに乗るものを後押しし、流れに逆らうものを行き詰まらせ、最終的には暦通り破綻させます。2025年は国民が主導権を取り戻す年です。国内では生活苦と政治改革を訴える国民運動が広がりつつあります。この動きの本質は時代の次元転換です。2025年は今までとは全く異なるレベルの時代転換に入っているのです。
〔月命時代とは中身を見る時代〕
2025年から本格的に月命時代が始まったと私は以前より申し上げています。気学ではその年の十二支と九星が本命という命運を作ります。またその月の十二支と九星が月命を作ります。その人の命運は本命と月命で大筋が決まります。本命は生まれた時にほぼ決まっている自然環境、社会環境、人間環境が出てきます。本命の環境は既に形で定められており、法律、制度、しきたり、習わしなどによって型となり固定化されています。自分の力では容易に変えることができず、ある意味従わざるを得ない環境が本命の世界の特徴です。これに対しその人自身がゼロから作り上げていく環境は月命が担います。従って月命はその人の生きがいが強く出てきます。本命と月命は正確には波動の高低差によって決まります。波動が最も低く物質化した世界が本命、波動が高く物質化していない精神の領域が月命の世界です。
本命の世界から月命の世界へ移行したと考えられる大きな理由は、上記の命運の動き方とスタンスに変化が現れ始めたからです。2025年はこの移行を決定的に推し進める波動的特徴があり、文明の成長段階を次の段階へ移行させる強力なエネルギーがあります。
本命と月命の違いは価値観に顕著に現れます。本命は物質の蓄積や地位名誉肩書を得ることに価値を置きます。物質的価値の代表は財産です。これはお金あるいは不動産に典型的に現れます。また地位名誉肩書も物質環境の後ろ盾となり、国や特定の機関から授与されることによって生活の保証を得ます。本命は基本的に長期的な生活の安定を担います。一方月命は精神の充足感を志向します。月命はその人の精神性に本質が現れます。精神性は気学から定義すると、その人の人格を定める中心軸です。その人の思い、心情、考え、理念、理想です。月命はこのような目に見えない精神の充足感に価値を置くのです。
我々の意識の軸が本命から月命へ移行すると、価値基準も物質的価値から精神的価値へ移行します。これは自分の思い、考え、理念、理想に基づいた自分軸が明確に定まっていなければ、世の中の何も見定めることができず、価値に基づく選択ができなくなることを意味します。今までは形に現れたものが価値基準として定められていました。本命は生まれた時に既に定まっている環境が基盤になっているため、価値の基準も価値の捉え方もすべて型が決まっていたのです。けれでもその価値基準は月命には通用しないのです。次元の異なる世界に次元の異なる価値基準は持ってこれないのです。これが本命時代から月命時代へ移行することの本当の意味です。
例えば自分が病気になったとします。今までは地位名誉肩書によって評価された病院や先生を選んでいたはずです。それが月命時代になると、その評価の仕方が通用しなくなります。なぜなら月命の価値観を持った医者は本命の価値観で動かないからです。それは地位や名誉や利権から離れ、医学と医療の真理を追究するようになるからです。そういう医者を個々人が自分の価値観で選択するようになるからです。また地位、名誉、歴史によって評価された権威ある学校が、月命時代になると優先的選択の対象にならなくなります。月命の価値観を軸にすると、地位と名誉に保証された今までの評価はもはや関心の対象にならず、中身を見るようになるからです。中身とは自分がやりたい勉強が全面的にできること、自分が一番関心を持っているテーマに専念できること。そしてそういう学問を目指す指導者がいること。そういう学校が選ばれるのです。それは外形的な評価ではなく、そういう人そういう学問を自分の目で探さなくてはならなくなるのです。
月命時代になると中身が主役になります。中身すなわち精神的価値です。精神的価値とは自分の生きがいに合致するものです。これは就職についても同じことが言えます。この企業に就職すると将来が安定する。これは本命世界の価値観です。月命の価値観は自分がやりたいことを何よりも優先します。自分の価値観に合致する仕事ができる場を選ぶのです。この価値観の転換は単なる時代の変遷ではなく、文明の転換と言ってもよいでしょう。
では本命の価値観はもはや私たちの生活から重要性を失っていくのでしょうか。そうではありません。これは価値観の軸が本命から月命へ移ったということです。この軸の転換が本命世界と月命世界の立ち位置を本来あるべき形に戻すのです。物質世界は生活の基盤を作り、長期的な生活安定に寄与します。つまり本命は生活環境の基盤を作り、我々が安定して生きがいの人生を歩んで行けるようバックアップの命運として今後も貢献し続けるのです。
今後、本命は月命のバックアップとしての立場に戻ります。月命の生きがいを形に現わし物質的基盤を作るのです。そうして初めて月命は安定を得ることができるのです。月命は非物質世界にありますから、創造的世界、理想的世界、表現世界は月命に存在します。これは形に現れていない分、現実性に乏しく地に足をつけた感覚がありません。月命が志向することは本命世界に形に現れてはじめて存在感を増し、その意義が明確化します。
建物でいえば、設計の段階は月命世界にあり、物質化した家は本命世界に存在します。私たちは実際に家に住んで初めて生活の安定を得るのです。本命は出来上がった家とその住環境に該当し、その価値は外形的評価によって決まります。一方月命はどのようなスタイルで住むか、そしてその家でどのような人生を歩むかという中身が問われます。
月命時代においてはすべての選択は自分がどういう価値観を持つかで決まります。そこでは他人の評価は意味を持ちません。外部から与えられた評価は何の確信にもなりません。決定権と納得感はすべて自分の中にあります。自分の中身すなわち精神性がどのようであるかが決め手となります。
〔俗世の六白と真正の六白が意味するもの〕
気学が現わす天道は真正の光のエネルギーです。光の中では六白金星の光が本来の光を体現します。六白金星には俗世の六白と真正の六白があります。俗世の六白は乾宮を拠点とし、真正の六白は離宮を拠点とします。俗世の六白は組織を作り、有限の誓約を結び、物質的損減のやり取りに関わります。真正の六白は非物質世界の次元から無限エネルギーを放ちます。俗世の六白は社会貢献を目的とし、真正の六白は救済を目的とします。俗世の六白はいかに社会貢献を目的としても、最終的には利害に結びつきます。一方真正の六白はすべての者に等しく光を運び無償のエネルギーを注ぎます。真正の六白は俗世が現れる前の先天世界に存在します。先天世界の六白は与える一方の存在であり、与えても尽きない無限のエネルギー体です。
この二つの六白金星が2025年の運気のテーマになります。2025年は俗世の六白と真正の六白が明確に分極していきます。俗世の六白は2025年にその実態が明らかとなり、2026年に虚像を剥がされ崩れ落ち、2027年に社会的責任を問われ主舞台からの退去を余儀なくされます。俗世の六白とは利害と私欲を動機に始めたこと、利害と私欲のために動いていること、利害と私欲から生まれた財、自分に縁のない財物すべてです。真正の六白が世に現れると俗世の六白はその虚像を暴かれます。有限の価値が無限の価値に勝ることはないのです。
真正の六白は表には出てきません。形に現れないものとはまず精神です。与えても尽きないもの、自分が物質的成果や報酬のためではなく、精神に導かれて行ってきたすべての活動は真正の六白の働きとなるのです。世界の中で何が俗世の六白で何が真正の六白であったか。その結果は今年から来年にかけて明らかにされるでしょう。その結果を見て、物質世界の価値観から精神的価値観への移行が加速します。この局面を迎えて旧来の物質世界の価値観に留まる人もいるでしょう。それは各人の選択になります。どの道が良く、どの道が誤っているということではないのです。自分が真正の六白に乗っていくか、俗世の六白に留まるかの違いです。これはそれぞれの人の価値観に基づく選択です。
六白金星という気ほどわれわれの目から不思議に見える気はありません。なぜなら六白金星は与える一方のエネルギー体だからです。与える一方のエネルギーでありながら、いくら与えても減ずることはありません。我々の生きる3次元世界の常識はすべてのものが形を持ち、増減があり、発生と消滅がある有限の世界です。この視点は俗世の六白の視点です。現在の貨幣システムも俗世の六白の仕組みの中で動いています。物質世界で手にするものはすべて限界と制限の中で動き、精神の世界で手にするものはすべて高次の自由意志の中で増減なく動きます。
与えても尽きないものはそれぞれの人が持つ命運の中に納まっています。それはその人唯一の才能として納まっています。天道とは3次元世界を飛び越えた高次元のエネルギー体です。このエネルギー体が我々の持つかけがえのない才能と精神の輝きを引き出し、尽きない成果を生み出すのです。既存の書物から得られるものは有限の知識や技術です。天道の才能とはゼロから生み出す創造のエネルギーであり、無限に湧き出てくる智慧と技術です。そういうものが既にわれわれの命運の中にあるのです。そのことに気付き、個々人がそれぞれに思うことを現実にしていくことが2025年からのテーマとなります。
浅沼気学岡山鑑定所監修

