風山漸

                           

        

 

【彖辞】漸 女歸吉 利貞

 

次第に浸潤する。異姓の女が帰還して寝廟に報告し祖霊に承認を求める。

契刻した誓約の実現を求める。入門に際し出入りを厳密にし修祓せよ。

 

「漸」は水に浸り次第に濡れて広がること。詩経に「車の帷裳(いしょう)を漸(ひた)す」、書経に「疾(やまい)大いに漸(すす)む」と記される。この卦は次第に進む意味と解する。風山漸は「鴻」が場所を移動していく姿を描く。「鴻」は白鳥。鴻鵠。この卦の形は見方によって鴻の姿に見える。「女歸吉」は女が嫁ぐに吉と解する向きがあるが、「歸」は元来、軍が帰還して報告祭を行うこと。あるいは異姓の女が新たに寝廟に仕える時に祖霊に承認を求める儀式の意味となる。このことは九三の爻辞で再考したい。また風山漸と雷澤歸妹は裏卦と賓卦が同一形となる。この形は状況の錯綜を生み、形勢の逆転を起こす。

 

 

 

 

【初六】鴻漸于干 小子厲 有言无咎

 

①鴻が水際に進む。小子(継承者)は危険である。口論することがある。

 咎めはない。

②鴻が水際に進む。ここに、我が身を干吾せよ。小臣(後継者)は危うい。

 詛盟することが有る。咎めなし。

 

「于」(う)は曲がった形を作るための添え木。または曲刃の形。「干」(カン)は長方形の盾の形。まもる。ほとり。岸。谷の意味がある。金文に「王の身を干吾せよ」とある。初六は九三とともに艮の形を作り、手と盾の形を表す。この卦は風地觀の六三が変爻して出来た卦と見ることもできる。九五は君主の位置であり廟の位置でもある。その前に九三が立ちふさがり「進退」する。この九三の動きを下位から見ているのが初六である。従って「鴻」の主体は九三となる。金文の「干吾」の意味はこの爻辞にも適応することができる。すなわち初六は九五の領域に立ち入ろうとする九三(鴻)の動きを間接的に抑える「干吾」の役目を追う。また鴻が沢から地上に進む形と捉えると、初六の位置はほとり(水際)の位置となる。「小子厲」は初六から見た九三と解釈することができよう。「有言」は兌の象意。

 

九三変爻による風地觀【初六】童觀 人无咎 君子吝

       風地觀【六三】觀我生進退

  

 

 

 

【六二】鴻漸于磐 飲食衎衎 吉

 

①鴻が磐に進む。楽しく飲食する。神意に適う。

②鴻が岩に進む。飲食は衎衎として中直に行う。神意に適う。

 

「磐」は平らかで円く大きな器で、そのような形状の岩石。「衎」の声符は「干」(カン)。道路で楽しむような行為。たのしむ。おちつく。忠直の義。礼記に「居處言語飲食すること、衎爾たり」とある。「磐」は硬いものであるから、裏卦九二の象意と見る。「飲食」は会同することとし、「衎衎」は六二が九五に謁見することを九三が阻止する形と見る。「衎」は「彳」と「亍」の間に「干」が介する形である。六二と九五の間に九三が介することを、文字の作りをもって表したものと見る。すなわち直接上位に謁見するのではなく誰かが仲介する形か、境界を踏み越えないように礼節正しく会同することを吉とする。 

 

 

 

 

【九三】鴻漸于陸 夫征不復 婦孕不育 凶 利禦寇 

 

①鴻が幕舎に進む。夫は戦に出かけて帰らない。婦人は子供を孕んでも

   育てない。禍である。仇を防ぐのがよろしい。

②鴻が幕舎に進む。夫は外征して帰還しない。婦人は孕むが生まれない。

 災を祓い、敵を修祓せよ。

 

「陸」は神を迎える幕舎の形。聖梯の前に幕舎を列ね、土主を置いて祀るところ。九三の位置を幕舎とする。「孕」は(ヨウ)子をはらむ形。「育」は生子の倒形。生まれるときの様。「禦」は神を向かえて災禍を防ぐ儀礼。祟りを祓禳する。「寇」は廟中で虜囚を打ち敵に呪祝を加えること。「夫征不復」は九三を「夫」とし、「不復」は賓卦の状況を表したものと考える。九三は賓卦では九四の位置となり、表の九三は辺境の地に留まるが、賓卦の九四は進む一方で帰らない。この賓卦がそのまま裏の状況となる。従って「征」も裏卦及び賓卦の九四の動きを表す。「婦孕不育」の「婦」は九五を表し、上卦巽の股から九三の子を孕むが、生むことができない、あるいは育てない。「不育」の形は九三の艮が動かない性質を持つことに起因する。また「不育」は近くに置いて面倒を見ないという意味もある。これは九三が常に九五の地位を脅かし、さらには有事を起こす辺境となるからである。「利禦寇」は九三に対する九五の「寇」でもあり、九五に対する九三の「寇」でもある。九三の爻辞は裏卦及び賓卦の形を見比べながら、九三の動きを読み解く必要がある。

 

 

 

 

【六四】鴻漸于木 或得其桷 无咎

 

①鴻が木に進む。一時(限定して)角を得る。咎めなし。

②鴻が木に進む。国境にて角を得る。神罰なからん。

 

「桷」は垂木。木の枝。この爻辞も表と裏の状況が重なる。裏卦の下卦兌を沢とすると、九四は沢から上がり、震の草木の位置へ入る。六四は裏卦の九四となり、これを逆転させると九三の位置となる。これを「或」(国境)とし「桷」とする。

 

 

 

 

【九五】鴻漸于陵 婦三歳不孕 終莫之勝 吉

 

が陵墓に進む。婦人は三年間孕まない。終にこれに勝ることなし。

 このことは神意に適う。

が次第に進み神聖を犯す。婦人は三年間孕まない。終にこれに勝ること

 なし。このことは神意に適う。 

 

「陵」は神聖を犯し凌ぐ義。「陵」の神梯は九三であり、九三が境界を越え、九五の神聖を犯し「凌」ぐ。故に「陵」の文字を用いる。「婦」は女が箒を持ち宗廟の内を清めること。「婦」は本来宗廟に仕える任務であり、殷代の婦は極めて重要な地位にあったという。「~婦」と名の付く職は大変な名誉な地位となる。「婦」は主語として捉えると九五となり、目的語として捉えると九三となる。すなわち九五は九三を扶養しないことを表す。「歳」は犠牲を割く鉞の形。本来は祭祀に関する言葉で外祭を表す。

 

三歳」の「三」の象意は三陽、三陰または坎の形からもたらされる。また子は坎の象意であるから、下卦に坎の形がなければ孕む形にならない。さらに九三を孕んだ子と見ても、九三は艮の形で動かないから産まれる形にはならない。三歳」の文言は雷火豐上六および坎爲水上六でも見られる。雷火豐上六の「三歳不覿」は裏卦風水渙の九二の象意からもたらされる。風水渙は上卦を巽とし、下卦を坎とする。この形を巽の股から坎の子が生まれる分娩の形とする。卦名の「渙」の「奐」は婦人の分娩の象である。この経緯から、風山漸は下卦が艮であるから「三歳不孕」となる。

 

「莫」は草間に日が沈む形。「莫」については「暮」の意で使われる事例が澤天夬にある。金文に「來王せざる莫(な)し」とあり、否定詞としても用いられる。否定詞には様々な文字があるが、ここでは「莫」を用いる。易の爻辞は暗喩を含むと常に念頭に置いておく。「勝」は農事の吉凶を卜し神意に適うことを言う。ここから勝(まさ)る、勝(すぐ)れる、よく、たえる義が出てくる。莫之勝」は「勝」の義によって様々な解釈が出てくるが、「吉」と出ていることから、吉意をもたらす意味に解釈すべきである。従って「婦」が三年孕まないことに勝ることなし、すなわち九五が九三の受け入れを阻むことに勝ることなし、と訳すのが文意に最も沿う形となるであろう。「莫之勝説」には類似した言い回しが天山遯にある。

 

天山遯【六二】執之用黄牛之革 莫之勝 

 

天山遯の爻辞は何かに執着して逃げようとしない人をよく耐えて説得している状況、説得し手かせをつけてでも救い出そうとしている状況、あるいは逃げるべき時であるが、ここに踏みとどまろうとしている人をよく耐えて説得する状況とみることもできよう。風山漸の爻辞は非常に難解なものの一つ。爻辞の解釈だけでは状況を正確に掴みにくい。裏卦雷澤歸妹の六五には「帝乙歸妹」とある。

 

雷澤歸妹【六五】帝乙歸妹 其君之袂 不如其娣之袂良 月幾望 吉

 

地天泰にて「帝乙歸妹」は嫁ぎではなく帰還の義が強いと解説した。この爻辞と「婦三歳不孕」の状況をみると、やはり「歸妹」は婚姻が成立せず戻ってくる義と解するほうがより自然である。九三の爻辞を見れば夫婦関係が事実上成立していない様子が分かる。風山漸の彖辞には「漸 女歸吉 利貞」とある。この「女歸吉」を女性は嫁ぐのがよろしいと訳すると、爻辞の状況とつじつまが合わなくなる。風山漸の「漸」にはどういう意味があるのか。「漸」はすすむと訳したが、一方で「斬」には切る意味がある。「陵」には神聖を犯し凌ぐ義がある。「陵」の文字は九三が九五の地位を犯し凌ぐ存在であることを示している。それ故に九三を配下として抱えない。このことに勝ることはないと言っている。

 

風山漸の九五が変爻すると艮爲山となる。その六五に「艮其輔 言有序 悔亡」(それ、天の助けを得て退け。筋道もって自己詛盟する。神の怒りを鎮めよ)とある。「艮」は「退く」意の文字。その裏卦の兌爲澤九五は「孚于剥 有厲」となる。「剥」は剥がれる意味である。以上二つの卦からも嫁ぐに吉の状況とは考えにくい。このように見ていくと、「漸 女歸吉 利貞」は嫁ぐに吉ではなく、縁を切り実家に帰ることが「吉」という状況と解するべきであろう。 

 

 

 

 

 

【上九】鴻漸于陸 其羽可用爲儀 吉

 

①鴻は幕舎に進む。その羽をもって礼法を為すべし。吉である。

②鴻は聖所に進む。それ、羽をもって神の許可を得、為すことは礼法に適う。

 契刻した誓約の実現せよ。

 

この爻辞も暗喩が含まれる。この爻辞は上九から見た九三のあるべき姿を説く。「陸」が九三の爻辞に応じる。「陸」の神梯は九三及び上九であり、九三、上九と階段を上っていく。上九を聖所と見なすと、九三は辺境の幕舎となる。「陸」は単なる地上の陸ではなく、神を迎える聖所または幕舎として捉える。「鴻」にちなんで「羽」の文字を用い、九三の動きを表す。「羽」は「習」の意味に通じるものがある。「習」は祝禱を収めたサイを羽で掬って繰り返しその呪能を発する行為であり、呪飾に用い呪儀に用いた。羽は当時極めて貴重視されていたようであり、このことが「儀」の礼法に適う意味に繋がる。「爲」は象+手。象の力で土木工事を為すことを示す文字。九三は九五から見て辺境の地であり、地位を揺るがす存在である。上九は九三と応じる位置にあり、九三を「羽」として重視し、礼法にそって王事を行うべきことを説く。

 

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)