火雷噬嗑

                               

 

 

【彖辞】噬嗑 亨 利用獄

 

かみ砕いて食べる。烹飪する。獄訟を用いるによろし。

 

この卦はなぜ「噬嗑」と名付けられたかを検証することから始めなければならない。「噬」はかむ。かみ合わせる義。「嗑」の「盍」は器の上に蓋をする形。"なんぞ~せざる"のように用いる。さらに「去」は盟誓した器の蓋を外し無効とする形から、獄訟に敗れた人を盟誓の器とともに廃棄し祓う義となる。「獄」は審判を行う義。「盍」の器の蓋をする形は上九と初九となる。「盍」は雷地豫九四の爻辞でも用いられる

 

雷地豫【九四】由豫 大有得 勿疑 朋

 

雷地豫は六三が変爻すると雷山小過となりその裏卦は風澤中孚となる。風澤中孚は見方によって蓋を閉めた形となる。火雷噬嗑は上九と初九を頤(あご)の上下とし、中に九四の異物が挟まる形とみる。下卦の震が突き進み、上卦の離が決裁する。離は裁決、裁判、決断を表す。「噬」の「筮」は筮竹。占筮。この卦は筮竹を取り分け占筮を行う形と見ることもできる。それは初九と上九を左右の手とし、右手が九四の位置で切り離し、筮竹を分ける形になるからである。以上のことからこの卦名は山雷頤の形及び筮竹を分ける形の双方から発想を得たものと考える。 また上卦の離は切る象意。下卦の震は足の象意。震は勢い余って軽率に動く気質があるから、しばしば出鼻をくじかれる。この気質が怪我に繋がる。ここからこの卦は何かに挟まれて怪我をする卦と見ることもできる。その様子が爻辞の「趾」「鼻」「耳」に現れる。

 

 

 

 

【初九】屨校滅趾 无咎

 

足枷を付けられ足指を滅する。咎めはない。

 

「屨」は履く義。「婁」(る)は婦人の髪を高く巻き上げた形。高く重ねる。重層のものをいう。隙間(透かし)の意味がある。「校」は囚人に加える校具。「校」の文字は上九「何校滅耳 凶」でも用いられる。このことは初九と上九が「校」の形を表すことを示している。「滅」の「烕」は鉞に火を加えて火を鎮めること。戉を聖器として火を鎮圧する呪儀。火を消す。隠す。覆う義。下卦の震は「趾」の象意。上卦の離は火「滅」の象意。六三が変爻すると離爲火となり、その初九に「履錯然 敬之无咎」とある。「然」は肉を焼く形で火の意味が含まれる。

 

 

 

 

【六二】噬膚滅鼻 无咎

 

膚を噛み、鼻(自尊)を失う。咎めはない。

 

六二から九四に艮の形が現れ、これを「鼻」とする。六二の位置を膚の位置とし、物に挟まれてもまだ軽傷で済む。六二が変爻しても六三が変爻しても艮の形がなくなる。これを「滅鼻」と捉える。火澤睽でも「噬膚」の文言が用いられており、六二変爻の可能性を示す。

 

六二変爻による火澤睽【六五】悔亡 厥宗噬膚 往何咎

 

  

 

 

【六三】噬腊肉 遇毒 小吝无咎

 

干し肉を噛む。毒にあたる。少し恥をかくが、咎めはない。

  

「毒」は婦人が祭事に奉仕するとき盛装した姿。髪に飾りをつけ、厚化粧した姿のこと。飾りは上卦離の象意。毒性を意味する「毒」は坎の象意であることから、裏卦水風井の上卦坎となる。裏卦の九三が九五に「遇」う。また六三が変爻すると裏卦に坎爲水が生じ、上下の坎が遭遇する形となる。これを「遇毒」と見ることもできる。一方表の形から見ると、六三から六五に坎が生じ、この場合は六三が境界の九四に遭遇する形となる「遇」の偶然性の意味に即して考えると、六三変爻による坎爲水の意が強い。腊」と離爲火初九の「錯」は「昔」を含む同形の文字。「昔」は切り刻んだ乾肉の義。

 

 

 

 

【九四】噬乾胏 得金矢 利艱貞 吉

 

骨のある乾き肉を噛み砕く。金矢を納め決着をつける。恐れ立ち止まり出入を厳密にするのがよろしい。このようであれば神意にかなう。

 

 九四を「金矢」とする。山雷頤を肉の形とすると、九四は陰爻の肉をかみ切る位置とし、九四は陽爻であることから硬い骨がある部分「胏」となる。「矢」は古くは誓約のときに用いたものであるから、「得金矢」は矢を納め決着をつけた形と見る。艱」は地天泰、火天大有、山天大畜、雷天大壯、地火明夷でも用いられる。「艮」は目と後ろ向きの形で、邪眼にあって恐れて進めない様。この爻辞に「吉」が出ているのは上卦に至り上九との結束が固いからであろう。離は決断、決裁の意味であるから相手の出方を恐れながらも決着することを現わす。九四が変爻すると山雷頤となる。さらに火雷噬嗑の六三が変爻すると離爲火となる。

 

六三変爻による離爲火【九四】突如其來如 焚如 死如 棄如

 

「焚」は焼き狩を意味し、火雷噬嗑初九の「滅」の火に通じる。「棄」は契約を放棄すること。噬嗑の「盍」と「棄」が廃棄の義で通じる。火雷噬嗑の九四は六三が変爻することによって「來如 焚如 死如 棄如」の状態に巻き込まれる。

 

 

 

 

【六五】噬乾肉 得黄金 貞厲无咎

 

乾き肉を挟む。金の佩玉を取得する。出入を厳密にして貞卜し、

邪霊を修祓せよ。神罰なからん。 

 

黄金」の「黄」は中央の色であることから中庸の徳を持つ六五を示す。六五は陰爻であるから「乾肉」となる。この卦は彖辞にもある通り獄」訟の卦でもあるから、六五は審判により「黄金」を得る立場となる。但し他爻の「滅」の状況を考慮すると貞厲」で身を慎しむべき状況となる。

 

 

 

 

【上九】何校滅耳 凶

 

①首かせを顧みてなぜにと問い、耳を滅する。災厄ある。

②首かせを何い耳を滅する。災厄ある。

 

「何」は顧みて神に責問すること。詩経に「天の休(たまもの)を何(にな)ふ」とある。九四が変爻すると山雷頤となり、山雷頤を裏がえすと澤風大過となる。その上六に「過渉頂 凶无咎」とある。ここで同じく「滅」の文字が用いられる。

 

火雷噬嗑の裏卦は水風井。「井」は井げたの枠の形。犯罪者の首につけた枷。火雷噬嗑の形の意味が裏卦の卦名「井」によっても示される。卦名で用いられる「嗑」の「盍」は獄訟に敗れた人を盟誓の器とともに廃棄し祓うこと。火雷噬嗑は彖辞に「利用獄」とあるように獄訟を用いる卦である。このように「井」と「噬嗑」の義は獄訟繋がりを持つが、水風井は決して獄訟に関する卦ではない。水風井は井戸の「井」であり村落の「井」である。水風井は下卦が巽(桶)上卦が坎(水)であり、やはり水汲みの井戸と考えてよい。水風井の彖辞を読むと井戸の「井」であり村落の「井」の意味であることが明確となる。

 

水風井【彖辞】

井 改邑不改井 无喪无得 往來井井 汔至亦未繘井 羸其瓶 凶

 

「瓶」は酒を汲み取るものであり、つるべを意味する。「瓶」の文字が出てくるから、水汲みの井戸であることが分かるが「繘」という文字も出てくる。「繘」の金文は不明。「矞」(イツ)と「冏」(ケイ)から構成される。矛を台座に立て武夷を示し巡察する義となる。繘」はつるべの縄とする説があるが、巡察する意味が裏に隠れている。この場合「未繘井」は未だ井に釣り糸せずと訳すか、あるいは未だ井(村落)を巡察せずと訳したい。

 

火雷噬嗑の獄訟の義は裏卦水風井の首枷を意味する「井」によって繋がる。一方水風井の「井」は井戸、村落の意味で用いられる。井戸は生活「食」の基盤となる。その生活、養いを現わした卦が火雷噬嗑の九四変爻によって生じる山雷頤である。易の六十四卦、三百八十四爻は表裏の転換、上下の逆転、さらには爻変によって縦横無尽に展開していく多次元世界である。

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)