澤山咸

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【彖辞】咸 亨 利貞 取女吉

 

①厳密に誓約し、貢献する。貞卜によって出入を厳密にするによろし。

   女を娶ることは神意に適う。

②咸(ことごと)く命ず。貢物を薦める。吉凶を卜するによろし。

   女を娶ることは神意に適う。

 

咸は「戉」口」。戉」は鉞。口」は祝禱の器。祈祷や誓約を収めた器を封印する義。厳密に封印することを嚴緘(げんかん)と言う。吉の義「詰める」「結ぶ」と同系の語となる。巫咸は神巫の最高位。金文に「旣に咸(ことごと)く命ず」とある。「咸」は完了する義としても用いられる。総じて「咸」は非常に厳粛な意味を持った儀式用語であることが分かる。「取」は「耳」+「又」。戦場で打ち取ったものの左耳を切り取る。人を徴収する義としても用いられる。

 

「咸」は下に心が付くと感情、感動、感冒の義となる。この卦は人体の形に見え、その形を爻辞に表したものとみられる。足の「拇」(おやゆび)から「腓」(こむら)、「股」(また)、「脢」(せじし)、「輔頬舌」と頭に向かって上っていく。「取女吉」とあるため婚姻の卦とも受け取れるが、この卦は「吉」の状況とは裏腹に非常に緊迫した状況を表す卦でもある。それは地澤臨に用いられる「咸」の意味からも想定することができる。

 

地澤臨の「臨」は臨時、臨検、臨戦の意味である。臨戦、臨時の状況があり、下方を覗き込み実体が何かを確かめる形である。地澤臨は最も吉の多い卦の一つである。緊迫した状況にもかかわらず神意に適うというお墨付きを得られる。この爻辞の「咸」は感冒、感染の意味で、「臨」は感染による臨検と読み取れる。従って澤山咸も場合によっては何らかの感染あるいは全身的に広がり転移する病気とみることもできる。「咸」は元来厳粛な儀式用語であることから、婚姻の義とすれば、神巫の最高位である巫咸が婚姻の誓いを器に封印し、誓いを破ることなきよう咸(ことごと)く命ずる卦と見る。

 

この卦の名称である「咸」はどの形からもたらされたものだろうか。「咸」は祈祷や誓約を収めた器を封印する義である。この形はまず誓約を収めた器の形が八卦の何に当たるかを考えればよい。器は兌の象意であり、また祝祷も兌の象意である。従って祈祷や誓約を収めた器は兌となり、これが下卦になる。次に器を封印する「戉」(鉞)の形を表す八卦は何に当たるか。「戉」の形は艮の形が最も近い。また手で打つものであるから、やはり艮が妥当である。この艮が上卦となる。この形は山澤損である。山澤損には坤の空間があり、器の中に封印した祈祷の気が入る形になるから「咸」の象意にも合う。山澤損は澤山咸の裏卦である。「咸」は水を上から加えるとその呪能が減損するから「減」の文字となる。損は減損の義であるから、この意味でも二つの卦は繋がる。澤山咸の「咸」は爻辞を見る限り、感心の意と考える。「感」は「咸」で封印した神気に心を動かされる義である。この意味でも山澤損と澤山咸は表裏一体の関係で繋がる。

 

 

 

 

【初六】咸其拇

 

①その親指に感ずる。

②その親指の動きを封印せよ。

➂その親指に咸(ことごと)く命ずる

  

初六は人体の足指に当たるところ。「拇」は雷水解の九四でも用いられる。

 

 雷水解【九四】解而 朋至斯孚

 

 

 

 

 

【六二】咸其腓 凶 居吉

 

①そのふくらはぎに感じる。凶。その場に居れば吉である。

②そのふくらはぎの動きを封印せよ。死者の霊を鎮め、災厄を祓え。尸の如く

 身動きせず祈りを固く守護すれば、神意にかなう。

 

六二は足のふくらはぎの位置となる。この卦は六二から上六の間に澤風大過に準ずる形が生じる。また六二が変爻すると澤風大過となる。

 

六二変爻による澤風大過【九二】枯楊生稊 老夫得其女妻 无不利

 

澤山咸を結婚に関する卦と見ることがあるが、澤風大過の九二にこの見方を裏付けする文言が出てくる。「居吉」とは変爻しない形、あるいは裏卦山澤損の九二が動くべきではないことを説くものであろう。

 

 

 

 

【九三】咸其股 執其隨 往吝

 

その股の動きを封印せよ。それ随えば拘束される。奮起して出行せよ。通過儀礼を行い修祓せよ。

 

九三の位置は人体の股の部分に当たる。「隨」は裏卦の六三が上九にう形を表す。

 

初六変爻による山水蒙【六三】勿用取女 見金夫 不有躬 无攸利

  

「勿用取女」は娶る動きを制する文言となる。 

 

 

 

 

【九四】貞吉悔亡 憧憧往來 朋從爾思

 

①身を慎んでいれば吉であり、悔いはない。心定まらず右往左往する。朋友は

 あなたの想いに従う。

②出入を厳密にして貞卜し修祓せよ。契刻した誓約を実現せよ。神の怒りよ

 鎮まらん。憧憧として、保護霊のもとを離れて往来する。朋友は汝の思いに

 従う。

 

「憧」は心の定まらない様。「爾」は人の正面形の上半分と、その胸部に✖の文様を加えた形。死者の胸に朱色の文身を加えた形。通過儀礼の際に呪禁として加える。「憧憧往來」とは裏卦山澤損の六四が九二と上九の双方に結びつこうとし、右往左往する形からくるものであろう。澤山咸を人体とすると九四の位置は丁度心臓の位置になる。故に「爾思」と心臓の位置を彷彿とさせる表現を用いる。

 

裏卦山澤損【六四】損其疾 使遄有喜 无咎

その病を損する。内祭の使者を速やかに派遣し往来させ、嘉穀を求めよ。神罰なからん。 

 

「疾」は病気に関する文字であるから、ここで澤山咸の感冒と繋がる。「憧憧往來」は落ち着かず病院を往復している姿と見ることもできよう。

 

九五変爻雷山小過の裏卦 風澤中孚【九二】

鳴鶴在陰 其子和之 我有好爵 吾與靡之

 

六二変爻澤風大過の裏卦 山雷頤【初九】

靈龜 觀我朶頤 凶

 

上記の卦に「爾」の文字が出てくる。

 

「貞吉悔亡」は裏卦の象意となる。裏卦の六四が変爻しない状態を表す。六四は九二と六五との結びつきを干渉しない。六四の謙譲の振る舞いが五爻の地位を安定に導く。

 

 

 

 

 

【九五】咸其脢 无悔

 

その背中(背後)の動きを封印せよ。悔いはない。

 

九五は人体の背中に当たる位置。背中とは背後のことであり、裏卦山澤損の九二と六四の動きを気にする文言であろう。

 

 

 

 

【上六】咸其輔頬舌

 

 その輔と頬と舌の動きを封印せよ。

 

「輔」はあご。「頬」はほお。人体の上の部分に達する。

 

九五変爻による雷山小過【上六】弗遇過之 飛鳥離之 凶 是謂災眚

雷山小過の裏卦風澤中孚【上九】翰音登于天 貞凶

 

上六の爻辞に凶は出ないが、爻の変化で上記の状況に異変する可能性を持つ。

 

  

 

易はまず形がすべてである。形は周波数の現れであり、形の変化が周波数を変えて様々な現象を生み出す。まず形にコード(暗号)が現れる。その形を見て何に見えるかを感覚的に掴む必要がある。爻辞が非常に難解でまるで何かの暗号のように見えるのは、裏の状況を含め形の変化推移を直感的に掴み、この形象を持つ文字に置き換え、全体として詩的に表現しようとしているからでもある。そして易の醍醐味は八卦である。八卦は波動の基本形であり、その象意は実に幅広く実に正確である。八卦の象意を卦に取り入れていくと、本来見えるはずのない事柄や物体が具体的に浮かび上がってくる。

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)