地火明夷

                 

 

 

【彖辞】明夷 利艱貞

 

①明徳を晦まされる。苦しみながらも身を慎んでいるのがよろしい。

②夷狄を明恤(つつしんで明らかに)する。利権を求め、邪眼を恐れて

 進めず、出入を厳密にして貞卜するがよい。

 

「明」は窓から月光が入る形。神を迎えて祀るところ。神明の徳。書経に「明恤」の語がある。明をもって我を教える義。「夷」は人+尸。人が腰をかがめて坐る形。東方の族(北方の夷狄)。この卦の裏卦天水訟は訴訟、訴え事の卦であることを念頭に入れておく。地火明夷の爻辞は非常に難解で、卦の形と爻辞との結びつきが容易に得られない。「明夷」は一体何を表しているのだろうか。明夷の形の特徴は下卦の離(光・明知)が上卦の坤(地)の下にあるということ。従って地上を照らす明かりが消えた状態となる。六つの爻辞を見ると、下卦の三爻はすべて「明夷」から始まり、地の下にあることを強調する。六四に至り「出」の字が現れ、地表から出たことを現わす。「艱貞」は下卦の状況と見る。

 

 

 

 

【初九】

明夷 于飛垂其翼 君子于行 三日不食 有攸往 主人有言

 

①明徳が傷つけられる。行き飛んでその翼を垂れる。君子は突き進み三日間

 食にありつけない。行くべきところがある。主人は(に)訴えることが

 ある。

②夷狄を明恤(つつしんで明らかに)する。鳥の如く飛来して翼を垂れる。

 君子は軍を先行させ、三日にわたり会同を止められる。有事に禊ぎして

 保護霊のもとを離れる。主人は(に)詛盟することがある。

 

「飛」「垂」「翼」の文字から鳥が飛んで木の枝に止まり、翼を垂れて休んでいる姿が描かれる。卦全体を見ると鳥というよりもコウモリか、あるいは賓卦火地晉の九四「鼫鼠」(ムササビ)のようにも見える。下卦の離は目を現わし、上卦の坤は枝からぶら下がる足にもみえる。主君の定位は五爻と考えられるが、この場合の「君子」はどの爻を指しているのだろうか。初九が変爻すると地山謙となる。

 

地山謙【初六】謙謙君子 用渉大川 吉

 

ここに「君子」が出てくる。地山謙の「君子」は九三と見てよい。故に「謙謙」となり、謙虚で何かに励む姿が描かれる。このようにみると地火明夷初九の「君子」は九三の意も加わる。初九の「于」が九三および六四の「于」に応じる。君子行 三日不食」は上卦坤の無の象意からもたらされたものであり、また「三」の象意は上卦坤の三陰からもたらされたものである。「主人有言」の「言」は裏卦天水訟の初六でも用いられる。

 

天水訟【初六】不永所事 小有 終吉

 

「言」は小言、不平を表すから、八卦の兌、気学の七赤であろう。つまり天水訟の初六が変爻することによって下卦が兌となる。これを「言」とみたのではないか。さらに地火明夷の裏卦天水訟を上下逆転させた賓卦水天需をみると、地火明夷では確認できない別の状況がみえてくる。

 

水天需【九二】需于沙 小有言 終吉

   【上六】入于穴 有不速之客三人來 敬之終吉

 

水天需の九二「小有言」は上位に対するものであり、九五に対する「言」であろう。そして水天需の裏卦火地晉の賓卦は地火明夷となるから、水天需の上六は地火明夷の初九に当たる。「不速之客三人來」の「速」は祭事や獄訟に招くこと。はやいの他にまねく義がある。速(まね)かざる客三人来る。この状況が「主人有言」の裏側且つ逆の立場から見た状況となる。従ってこの場合の「主人」は裏卦の九二であり、上卦乾の三陽に詛盟する。また逆から見ると九二の「主人」に対して小言を言う客が三人来る状況となる。

 

 

 

 

【六二】明夷 夷于左股 用拯馬壯 吉

 

①明徳が傷つけられる。左股にうずくまる。馬の如き勢いをもって救い

 あげる。吉である。

②夷狄を明恤(つつしんで明らかに)する。左股にうずくまる。馬の如き

 勢いをもって救いあげる。吉である。

 

「左」はナ+工。「ナ」は手の形。「工」は巫祝の持つ呪具。「左」に呪具を持ち助けを求める。これに対し「右」は祝祷を収める器を持つ形。「拯」は人を引き上げて救う形。「丞」は穴に落ちた人を救い上げる形。この形を想定できる卦は裏卦天水訟である。下卦の坎は穴であり、穴に落ちた人と見ることができる。これを救うのが上卦三陽の馬であろう。「馬壯」は上卦の三陽が九二を牽引する形を表す。六二の「左股」は六四の「左腹」に応じる。従って「股」とは裏卦天水訟の九四を股の位置とし、その九四(股)にとっての夷狄が九二となる。「用拯馬壯 吉」は風水渙初六にも出てくる。 風水渙の六三が変爻すると巽爲風、その裏卦は震爲雷となり馬が疾走する形となる。さらに風水渙の初六が変爻すると風澤中孚(裏卦雷山小過)となり「馬匹」の形が出てくる。地火明夷の「拯」は六二変爻による地天泰の形と連動する。地天泰の九二に「用河」の文言がある。「泰」の字は溺れる人を救う形である。 

  

                 

  

 

【九三】明夷 于南狩 得其大首 不可疾貞

 

①明徳が傷つけられる。南方に進んで征伐し、手柄を立てんとする。

 疾にて出入りを厳密にすることを承認せず。

②夷狄を明恤(つつしんで明らかに)する。南方の異族を討伐せんとして

 向かう。大きな手柄を獲得する。疾にて出入りを厳密にすることを

 承認せず。

 

「南」は釣鐘形式の楽器の形象。苗族(南方の異族)を南人と呼んだ。南(*注)は神聖感を導く発想として用いられた。「狩」は天子が諸侯の地を巡ること。地方へ赴く。征伐に出かける。九三が上卦坤の南方へ討伐に向かう。「大首」は六五であろう。六五が変爻して生じる水火旣濟の六二に「得」の文字が現れる。水火旣濟の「得」は裏卦の九二と九四の関係を示し、これを逆転させると九三と九五の関係となる。水火旣濟の九三に「伐」の文字が現れる。伐」は「大首」を切ることを意味する。「疾貞」の解釈は難解。貞卜の目的の中に安否(病気、生死)に関するものがあるから、これに該当するのだろうか。「疾」は坎の象意であるから、裏卦においては九二の坎が「疾」の要因となる。もう一つは表の六五からもたらされる。九三は六五の地位を凌ぐ恐れがあり、これが六五の「疾」となる。一方裏卦の六三は上位の陽爻に抑えられて「南狩」できる状態ではない。表の形は南が開けており、進軍が可能となる。六五が変爻すると水火旣濟となる。*(注:易学及び気学では南を天、上方とする)

  

水火旣濟【六二】婦喪其茀 勿逐 七日

    【九三】高宗鬼方 三年克之 小人勿用

火水未濟【六三】未濟 征凶 利渉大川

 

上記二つの爻辞から「于南狩」は「伐鬼方」に該当し、「不可疾貞」は「三年克之」及び「征凶 利渉大川」の状況に通じる。この場合、急いで事を行うのではなく三年かけて克服すべきであり、無理に征服しようとすることは凶となる。但し火水未濟の利渉大川」は凶であっても大川を渡れとなる

 

天水訟【六三】食舊德 貞厲終吉 或從王事 无成

 

「舊」は鳥がその器に足を取られ脱することが出来ない形。「疾貞」は六五の「箕子」の置かれた立場でもある。

 

 

 

 

【六四】入于左腹 獲明夷之心 于出門庭

 

左腹に入る(佑助を得る)。夷狄の心を奪う。ここに門庭を出る。

 

「左」は単なる左右の意味ではなく、呪具を持ち助けを求める義である。助けを求めているのは誰なのか。六二の「左股」と六四の「左腹」が応じていることから、二つの爻の関係は表ではなく裏の関係を表していると見るべきである。つまり「左腹」は上卦乾のことを言い、「明夷之心」は下卦坎の九二となる。このように推察していくと、「左」の助けを求める爻は裏の九二と見るべきであろう。「腹」は量器で器腹の大きなもの。器を反復する形。盈満の義。詩経に「公侯の腹心」とある。「復」には腹心の義があるから、裏卦の九四が腹心となる。「獲明夷之心」とは九四が九二の「明夷之心」を掴むことであろう。もう一つ「復」には器を反復する意味がある。この形が出てくるのは六五変爻による水火旣濟の裏卦火水未濟である。火水未濟の九四は九二と上九に挟まれ、この間を行き来する。庭」は公宮の中庭で儀式を行うところ。「門庭」の内と外の境界を九三とし、六四は外に出る。「于」が初九および九三の「于」に応じる。

 

 

  

 

【六五】箕子之明夷 利貞

 

①箕子の明徳が傷つく。身を慎しむのがよい。

②箕子は王の霊威を受けて出発し、夷狄を明恤(つつしんで明らかに)する。

 

「之」は足跡の形。重大な行事で出発するとき、趾を鉞に加えて清め、その霊威を受ける呪的な儀式。「箕子」は殷の政治家。周の武王に洪範(こうはん・政治倫理訓)を授けた人。殷の微子・比干と並ぶ堅臣の一人。箕子が殷の紂王の無道を諫めて聞き入れられず、狂人を装い身を隠したという逸話がある。六五箕子之明夷」は九三の「疾貞」に繋がる。地火明夷は箕子の明徳である離(光)が、上卦坤の地面の下に隠れた形である。六五は中庸の徳を持つから、箕子の明徳がようやく発揮される位置となる。このことが以下の関連する爻辞に現れる。六五が変爻すると水火旣濟となり、その裏卦火水未濟の六五に「君子之光」とある。この文言は「箕子」の明徳を表した辞であろう。

 

火水未濟【六五】貞吉无悔 君子之光 有孚吉

 

爻辞に実在の人物が記される例は他にもある。水火旣濟九三「高宗伐鬼方」、火地晉彖辞「晉 康侯用鍚馬蕃庶 晝日三接」もそうである。従って爻辞には史実に基づいたことが記録されている可能性を常に念頭に置いておく必要がある。

 

 

 

 

【上六】不明晦 初登于天 後入于地

 

①明らかならずして晦(くら)し。初めは天に登るが後には地に入る。

②明らかならずして晦(くら)し。見事で天帝に登進し、その後、退き

 地に入る。

 

 

「明晦」の「明」は下卦の離、「晦」は上卦の坤の象意。「初」は「衣」と「刀」から構成される字で「衣」は神衣を意味する。殷の祭名でもあり合祭を表す。「初見事」は宗周に見事することを意味する。従って「初登」は九三が天帝に見事する形であり、「初登于天」は天帝に謁見する神事であることが分かる。「登」は登進、登薦の義。事案解決のために天帝に報告し命を受ける義務があったとされる。「後」は進退に関する呪儀で敵の後退を祈る呪儀。一方後入于地」には二つの見方がある。一つは九三が境界より後退し、上卦坤(地)の下に入ること。すなわち九三の位置を越えないこと。もう一つは九三が進退の儀式を行い、坤の未開の地へ足を踏み入れることである。「初登于天 後入于地」は「登」と「後」の対比から、九三が初見事で天帝へ登進した後、後退して異境の地へ引き下がることを表したものと考える。上六の爻辞は上六から見た九三の動きと捉える。

 

爻辞は文字の元来の意味を忠実に繋げていくことにより、卦の形と文字の象意との一致が見えてくる。六五変爻による水火旣濟の彖辞に「初吉終亂」とあり「初」が用いられる。九三の爻辞「得其大首」にもあるように九三は六五の地位を奪わんとする動きがあり、このことが六五の変爻を促し水火旣濟の形へと導く。

 

水火旣濟【彖辞】旣濟 亨小 利貞 吉終亂

水火旣濟【九三】高宗伐鬼方 三年克之 小人勿用

水火旣濟【九五】東鄰殺牛 不如西鄰之禴祭 實受其福 

 

水火旣濟において未開の地「鬼方」を征服する義と「東鄰」「西鄰」による合祭及び宗周に見事する義が明確に現れる。ここでもう一つの「初」の解釈を提示したい。「初」は「衣」を含む文字で、古来より「衣」は魂が乗り移るものと考えられていた。「初」には受霊の意味があり、その意味は魂が乗り移る「衣」からもたらされる。「衣」には襟が重なる形があるからその形が卦に現れる。六五が変爻すると水火旣濟、六二が変爻すると地天泰となる。この形は賓卦と裏卦の同一形となり、下卦を上卦に折りたたむように重ね合わせると陰陽が完全に和合する。この形が受霊、合祭の儀をもたらすものと推察する。乃ち六二または六五のいずれかの変爻によって、上下卦の陰陽和合が図られる。

 

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)