雷澤歸妹
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【彖辞】歸妹 征凶 无攸利
①(異性の女)が新たに寝廟に仕えることについて祖霊に承認を求める。
往けば災いある。利するところなし。
②妹氏が帰還して報告祭を行う。征服すれば禍ある。利するところなし。
③夜明けに帰還する。異方を攻撃すれば災いある。利するところなし。
彖辞に「凶」が現れる卦は雷澤歸妹、水地比、地澤臨、水風井であるが、中でも雷澤歸妹の凶意は特に強い。彖辞は卦全体の運気を述べたものであるから、この「征凶」(押し進めば凶)は全体の流れを理解するうえで重視すべきである。雷澤歸妹は風山漸の裏卦でもあり賓卦でもある。この形は内と外、自分と相手の状況が錯綜し、形勢の逆転が起きやすい。二つの卦は帰魂卦であることにも注意を要する。風山漸の彖辞には吉があり、雷澤歸妹の彖辞には凶が記される。易は表裏一体の世界であるから、この違いを念頭に置きながら、吉がもたらされる背景、凶がもたらされる背景を探っていく必要がある。現代語訳は文字の解釈からいくつかのパターンを設けたが、文字の解釈によって訳し方はさらに広がっていく。
【初九】歸妹以娣 跛能履 征吉
①娣として妹を嫁がせる。異族の地へ片足を踏み入れる。往けば吉。
②娣として妹が寝廟に仕えることについて祖霊に承認を求める。異族の地へ
片足を踏み入れる。反するものを正し、契刻した誓約の実現を求める。
➂娣として妹を帰還させる。異族の地へ片足を踏み入れる。反するものを
正し、契刻した誓約の実現を求める。
④娣として夜明けに帰還する。異族の地へ片足を踏み入れる。反するものを
正し、契刻した誓約の実現を求める。
「歸」は肉と「止」「帚」から構成される。「止」は足指の形。「帚」は箒の形。軍が帰還し軍社に祭った肉を寝廟に収め報告祭を行うこと、また異姓の女が新たに寝廟に仕えることに対し祖霊に承認を求める儀式を意味する。このように「歸」は帰還と寝廟に仕える(嫁ぐ)という、方向性としては二つの相反する意味を持つ。「妹」は王室と特に親縁の関係にある氏族。書経に「大命を妹邦に明らかにせよ」とある。帝乙帝辛期の一日の時間区分に妹(よあけ)がある。「妹」は裏卦風山漸の九三のことを表すものと考える。「娣」は年少の女。正妻に対する妾。九三を寝廟に仕える者、または帰還する人物と見る。その下位にいる初六は「娣」の立場となる。「跛」は傾き片寄る形。片足。「能」はよくする義。金文に「多王能く福したまえり」とある。「履」は土地を賜ってその土地を踏む践土の儀礼。裏卦九三の位置を境界とすると、初六は半ば足を踏み入れている状態と見る。初六は九三を越えることはなく、「娣」にふさわしい位置にある。また初六は九三とともに艮の形に入っており、九三の勢いを抑え、一線を越えないから「征吉」となる。
【九二】眇能視 利幽人之貞
①片目でよく見る。隠居して身を慎むのがよい。
②視界を遮られながらも、能く、神意の示すところを見よ。山中の隠居人の
如く、出入を厳密にして我が身を清めよ。
「眇」は片目。「幽」は糸束を連ねた形。山中に幽居する。この爻辞も裏卦の象意となる。六二は九三の壁が立ちふさがり、よく見ることができない。六二は九五に応じる立場であるが、九三が遮る。六二の立場からは状況が良く見えていない、思い込みの意味があるだろう。「幽人之貞」も同様に九三の下で隠れて過ごす意味となる。裏卦風山漸は風地觀の六三が変爻した形であるが、その六二の爻辞にはよく似た表現が用いられる。
風地觀【六二】闚觀 利女貞
【六三】歸妹以須 反歸以娣
①暫くして、妹を嫁がせる。妾の立場になって背き寝廟に仕えようとする。
②暫くして、娘を帰らせる。妾の立場になって背き寝廟に仕えようとする。
➂暫くして、妹氏を帰還させる。妾となり寝廟に反する帰還となる。
「須」は髭。「須臾」は暫くの義。待つ義がある。「須」はとがった所と見受けられるから、九四の位置となる。髭は口とともに動くから、下卦の兌を口とみなすと上卦震の九四が髭となる。六三の爻辞で九四の状況を示す理由は、裏卦の九三が賓卦の九四になるからである。また「須」を待つ、暫くの義とすると、裏卦の九三が寝廟に仕えることを待つ、または帰還することを待つ意味になる。この場合も寝廟に仕える(嫁ぐ)義と帰還させる義の二つの状況が現れる。「反歸以娣」は裏卦の象意。九三が九五の権威を揺るがし、反逆する。「娣」は廟に仕えるものとして正式な出入りを認められていないことを示す。
【九四】歸妹愆期 遲歸有時
①妹を嫁がせること、一定期間(決着が)長引く。嫁ぐまで時を要する。
②妹を帰還させること、期を過つ。帰還を遅らせ、時を要する。
「愆」はあやまる義。詩経に「儀に愆(あやま)たず」とある。「衍」(エン)は行路の上に水が溜まる形。あふれる。延と同声。長く引く義。「衍」(エン)の行路の意味から九四の行路と見る。「期」は「其」+「月」。一定の位置や間隔、区分を示す。「遲」はゆるやか、おくれる義。九四は賓卦の九三となり、九四は進むが九三は止まる、待つの形となる。この交錯した形が期を過つ原因となる。「遲歸有時」は裏卦九三の象意であろう。九三は境界で踏みとどまり、九五は九三の受け入れを警戒し慎重に対応するから遅くなる。
雷澤歸妹は地澤臨の六四が変爻した形でもある。地澤臨の彖辞に「臨 元亨利貞 至于八月有凶」とあり、「至」が六四の爻辞で用いられることから、六四変爻を警戒していると解釈した。これを雷澤歸妹に置き換えると、九四は臨時、臨検、臨戦における禍が生じていることが分かる。期を過つとは、地澤臨の臨時の状況に際し、初動が遅すぎることを示す。これが「歸」還を「遲」らせる原因となる。地澤臨との繋がりを読み解くと、やはり「歸」は嫁ぐではなく、帰還させる義によって整合性が取れる。
【六五】帝乙歸妹 其君之袂 不如其娣之袂良 月幾望 吉
①帝乙王の時、妹氏の軍が帰還し報告祭を行った。君主の袖口は、
娣(副妻)の袖口の良さに如かず。満月に近づく。吉である。
②帝乙王は妹(夜明け)に帰還した。その君の袖口はその娣(副妻)の
袖口の良善に如かず。月満ちて機微を視察し、敵方の雲気を望み吉凶を
占う。契刻した誓約の実現を求める。
③帝乙王は妹(氏)を帰還させた。その君の袖口はその娣(副妻)の
袖口の良善に如かず。月満ちて機微を視察し、敵方の雲気を望み吉凶を
占う。契刻した誓約の実現を求める。
④帝乙王は妹が寝廟に仕えることについて祖霊に承認を求めた。その君の
袂はその娣(副妻)の袂の良善に如かず。月満ちて機微を視察し、敵方の
雲気を望み吉凶を占う。契刻した誓約の実現を求める。
「帝乙歸妹」は地天泰六五「帝乙歸妹 以祉元吉」と共通する文言である。「帝乙歸妹」は殷の帝乙王が妹または娘を臣下に嫁がせたと解釈することが多く、歴史的にもそのような経緯があったとされる。但し「歸」には軍の帰還の意味があることを念頭に入れておく必要がある。さらに「妹」(まい)の解釈は注意が必要である。卜文、金文において、「妹」は妹辰(夜明頃)の意味と王室と親縁関係にある氏族名の意味で用いられている。帝乙帝辛期の一日の時間区分を示す文字の一つとして「妹(よあけ)」がある。書経に「大命を妹邦に明らかにせよ」とある。この場合は夜明けに帰還する、妹氏を帰還させると解することもできる。書経は当時の文字の意味と用法を知る上で、金文に次ぐ重要文献となる。
「袂」は「衣」と「夬」から構成される。衣を袖口の意味とするが、ここでは「夬」が決に通じ、その意味も含めて解釈した。「如」は卜辞に「王は其れ如(はか)らんか」とあるように、巫によって神意を諮(と)う意味がある。神意を受けて従うので従順となり「如くす」の意となる。「良」は長い嚢の上下に流し口をつけて穀などを入れ、それをよりわけ、糧をはかること。この結果「良」善の状態となる。この爻辞での「良」は「娣」に当たる女性の見定めである。「其君之袂 不如其娣之袂良」は暗喩が含まれるため非常に難解であるが、「袂」が何を指しているのか、またどの爻の動きを表しているのかを紐解くと伝えようとしていることが徐々に見えてくる。
「袂」を衣の袖口とすると、自分の手とともに動くものであるから近くにあるもの、ついて動くものを示す。これを爻の動きとして見ると、裏卦の九五の君主に近く、九五の指示に従って動くものは九三となる。下卦の艮は手の象意でもあり、その九三の手元に初六がある。また袖口は衣の境界にあるから、上下卦の境界にある九三の象意に一致する。「衣」は当時受霊の対象として見ていたから、裏卦と賓卦の同一形を受霊の形と見ていた可能性もある。易ではこの卦を帰魂卦として見るから、「衣」の解釈はその裏付けとなるだろう。裏卦の九三は境界にあり、この「衣」の運気を最も強く表す。従って「袂」は裏卦九三の動きを暗喩する表現と考えられる。このことを裏付けするのが天澤履九五の爻辞である。
天澤履【九五】夬履 貞厲
天澤履九五の爻辞は裏卦地山謙の形からもたらされる。「夬」はゆがけを持つ「手」の形、または刃器を持つ形である。分決または決意の義がある。この「夬」は下卦艮の象意であり九三のことを指し示す。九三が六五の君主の地位を揺さぶる。それが六三の爻辞に明確に現れる。
天澤履【六三】眇能視 跛能履 履虎尾咥人 凶 武人爲于大君
天澤履六三の爻辞を地山謙の形から見ると、武人である九三が六五の大君になる(なす)となる。「凶」は九三が六五の神聖を凌ぐことを警告するものである。この関係がそのまま雷澤歸妹に当てはまる。裏の九三が九五の神聖を凌ぐことに対し九五が警戒する。この形があるから「夬」に通じる「袂」を用いる。「袂」の動きを九三と捉えると、衣は受霊を意味するから九五と九三の霊的繋がりをこの文字が表す。その繋がりが「不如」と否定されている。このことは九五と九三の意向が一致しないことを示す。「其君之袂」の「袂」は文字通りに読めば「君」の「袂」となるが、「袂」の本体は九三である。「其娣之袂」の「袂」は「君」(九五)から見た「娣」(九三)の「袂」であると同時に、九三から見た「娣」(初六)の「袂」でもある。「娣」には二つあり、九五からみた九三の「娣」と九三から見た初六の「娣」がある。爻辞はこの関係性を文字の配置により正確に指示している。
初六は地位が最も低い位置にあるが、艮の中に入り、九三の動きを制御する役目を持つ。この経緯から「袂良」となる。初九(裏の初六)の「吉」はこのことを裏付けする。「吉」を伴う爻は初九(裏の初六)と六五(裏の九五)のみである。雷澤歸妹の「娣」の文字は初九、六三、六五で用いられ、この三爻に繋がりがあることを示す。裏卦の九五は初六を「良」とし「吉」と認めている。雷澤歸妹の初九は賓卦風山漸の上九に当たる。風山漸の上九に「鴻漸于陸 其羽可用爲儀 吉」とある。これは賓卦の位置から見た初九の評価でもある。その評価に礼法に適う「儀」が記され、「吉」と記される。以上の考察をまとめると、「其君之袂 不如其娣之袂良」は以下のような解釈となる。
①その君の袂(決断)はその娣の袂(決断)の良善の見極めとは違う。
すなわち九五と九三の意向が一致していない。
②その君(九五)の袂(九三)はその娣(九三)の袂(初六)の良善に
如かず。すなわち九三は初六の良善にかなわない。礼法に適う「娣」は
九三ではなく初六である。
次に「月幾望」について考察する。「幾」は戈に呪飾を付けて機微を視察すること。周礼に「管鍵を授けて、~出入する者を幾す」とある。「望」の卜文は人が大きな目をあげて遠くを望み、挺立する人の形を表す。「望」は元来次のような意味を持つ文字である。目の呪力によって敵を圧服し望気を行う。王の軍事に望乗を従える。敵方の雲気を望み吉凶を占う。呪詛を加え天の佑助を求める。天子が行う国家最高の典礼。祭天巡狩の礼。「月幾望」は凡そ満月に近いと訳される。但し、卜文の意味は上記に示した通り、敵を圧服し望気を行う義である。「月幾望」は他卦でも用いられる。
風天小畜【上九】旣雨旣處 尚德載 婦貞厲 月幾望 君子征凶
風澤中孚【六四】月幾望 馬匹亡 无咎
風天小畜は九三が変爻すると風澤中孚となり、風澤中孚は兌の形が上下に向き合う形であり、これを互いの陣が向き合う形とする。兌の祈祷は敵を圧服し望気を行う形と見る。雷澤歸妹にはこの形が見当たらないが、六五が変爻すると上下卦に祈祷を表す兌が並ぶ。易は卦の形の変化推移を見て「月」の満ち欠けを表すことがある。兌爲澤の裏卦は艮爲山であり、艮爲山の賓卦は震爲雷となる。震爲雷の六二に「七日得」とあり、この七日の象意が卦の形に現れる。爻辞に「七日」および「月」が用いられる時は、月の満ち欠けとそれが示す象意を読み取らなければならない。裏卦の九五は九三の辺境を「幾」察し、祭天巡狩の礼を行うべきことを示している。
【上六】女承筐无實 士刲羊无血 无攸利
女は婚礼の筐を受けて實がなく、士(男)は羊を裂いて血なし。利するところなし。
「承」は尊者の命を受けること。「筐」は(キョウ・かご)竹で作った飯器。「匩」は王の上に止。軍の出行に当たって聖器の鉞で受霊の儀式を行う。「實」の「貫」は貝貨を貫き連ね宗廟に献ずること。金文では充実の義として用いられる。誠実の義。「刲」(ケイ)は屠殺用の刃物で羊を割くこと。彖辞の「无攸利」が上六の爻辞に繋がる。上六という運気の境目に至ると、初九、六三、六五に現れていた「娣」がなくなり「女」となる。これは「娣」が裏卦の九五に対する関係性から生じていることを示すものでもあろう。ここに至ると婚姻や契約は形だけで中身が全くない状態となる。「无實」「无血」はこのことを物語っている。
ここで示す「女」は上六と六三の双方が考えられる。ここでは上六から見た六三を「女」と見て解釈する。六三の「女」は上六と応の関係であるが、陰同士で繋がりが弱い。また三爻は五爻の主君の命を「承」け、「婦」として廟に奉仕する立場であるが、六三と六五が双方陰で応じあわない。従ってこの関係を「筐」(王命)を「承」っても「實」(宗廟に献ずるもの・中身)がないと見る。尚、「匩」の「匡」(キョウ)は「方」に通じ、征伐して王命を布き明らかにすることを表す。従って「筐」の文字は内包する義によって辺境の三爻(六三)を示していることが分かる。一方「士」は裏卦の状況を表す。つまり裏卦の上九から見た九三を「士」とする。裏卦における九三は九五に奉仕するに値せず、また九五は九三を配下として迎えない。従って「士」(九三)は王位を継承する「圭」を与えられることなく、氏族として「血」盟する対象にもならない。これを「刲羊无血」と表現する。
参考までに「女」「士」の文字を用いる卦を掲げておく。以下の爻辞を見ると、「女」は陰爻を指定し「士」は陽爻を指定していることが分かる。また爻辞の示す「女」「士」は主人や主君に仕えない立場、あるいは仕える主君を持たない立場の者であることが分かる。
山水蒙 【六三】勿用取女 見金夫 不有躬 无攸利
風地觀 【六二】闚觀 利女貞
澤風大過【九二】枯楊生稊 老夫得其女妻 无不利
【九五】枯楊生華 老婦得其士夫 无咎无譽
*「女妻」「士夫」は「妻」「夫」とともに用いることで
仕える立場の意味が出てくる。
天風姤 【彖辞】姤 女壯 勿用取女
六五の「其君之袂 不如其娣之袂良」は「君」と「娣」の関係が不釣り合いで、意向の食い違いがあることを言っている。また上六の「女承筐无實 士刲羊无血 无攸利」は婚姻が成立しないことを表す。「帝乙歸妹」は帝乙王の命で「妹」を嫁がせる字義と、「妹」を王命により「歸」還させるという字義が相対立する。この解釈の対立に彖辞は明確な結論を出している。それが「征凶 无攸利」である。やはり総括の警告がすべてを物語っていよう。
(浅沼気学岡山鑑定所監修)