風澤中孚

                            

       

  

【彖辞】中孚 豚魚吉 利渉大川 利貞

 

中正にして孚なり。豚と魚を供えることは神意に適う。大川を渉るがよい。

出入を厳密にして貞卜し修祓せよ。

 

風澤中孚は講和の形と見る。それは九二の爻辞に「和」が用いられるからである。「魚」は祭祀の供薦として用いられたのであろう。山地剥の六五で「魚」の文字が用いられる。

 

山地剥【六五】貫魚 以宮人寵 无不利

 

宮人として寵遇されるとあるから、王室への供え物として魚が用いられた様子が伺える。また天風姤でも「魚」が用いられ、「賓」の文字があることから王の賓客として「魚」を貢いだ可能性も伺える。「利渉大川」は三爻と四爻に境界があり、裏卦雷山小過の上下卦逆方向に進む形を「大川」を「渉」る形と見たのであろう。

 

 

 

 

【初九】虞吉 有它不燕

 

軍戯を行い神意を和らげる。神意に適う。禍あれば安らかならず。

 

「虞」は周礼に記載があり、山虞、沢虞の職で、山沢の狩猟を司る道案内人のこと。水雷屯の六三に「卽鹿无虞 惟入于林中 君子幾不如舍 往吝」とあり、この意味で用いられる。さらに「虞」には軍事に関する諮問の義がある。火山旅六五の爻辞で風澤中孚の形には会射による誓約、和好の意味があると述べた。この会射の形は裏卦雷山小過からもたらされる。またこの形は鳥が翼を広げて飛ぶ形にも見えるから、「燕」の文字を用いたものと推察する。一方この形は九三と九四が背中合わせとなり逆方向に進む形でもあるから、見方によっては仲違い、すれ違いの形と見ることもできる。従って「虞吉」は表の講和の形を薦め、「不燕」は裏の仲違いの形を警戒した文言と捉えたい。「它」は卜辞で災禍、祟りの意味として用いられるが、金文では他(ほか)の意味として用いられる。この文字も裏卦の状況を暗示する。

  

「燕」にはつばめの他にも重要な意味がある。礼記に「燕衣は祭服に踰えず、寝は廟に踰えず」とあり、「燕」は安居の、平常の意味として用いられる。また同じく礼記に「凡そ燕食するには、婦人は徹せず」とあり、この場合は会食の意味で用いられる。さらに西周時代に「虞」(成周の西)及び「燕」(成周の北東)があり、国名としての用いられ方もある。「有它不燕」は都の覇権をめぐっての勢力争いを表している可能性もある。「燕」はこれらのどの意味が妥当であるか定かではないが、易を解釈する時はすべての可能性を念頭に入れておいたほうがよい。易はすべての意味が連鎖して表出する世界でもある。 

 

 

                

 

【九二】鳴鶴在陰 其子和之 我有好爵 吾與爾靡之

 

①鳴鶴陰に在り。その子この声に合わせる。我は親好して爵酒を賜う。

 吾は汝に贈り物を捧げ靡(なび)かれ行く。

鳴鶴陰に在りその子この声に合わせる。我は婦好と親しく盃を

 交わす。吾は祓いのお守りを奉じ靡かれ行く。

鳴鶴陰に在りその子この声に合わせる。我は婦好と親しく爵酒を

 賜わん。汝とともに我が身を干吾しかれ行く。

 

易はこうした詩情溢れる表現が多い。「鳴鶴」の鳥の象意は裏の雷山小過より生じ、「在陰」は裏卦六二の「陰」爻が九三の「在」(結界)の下にあることをいう。「鳴」は鳥占を表し、神意を卜し神の承諾を求めること。「鳴鳥」は不祥不吉の前兆とも見なされる。従って裏卦の形を不吉とする。「和之」は兌の口が上下向き合う表の形を表す。兌は悦びとその口の形を表し、九二と九五が向き合う。「好爵」は九二と九五の関係を言うのであろう。「好」は金文に「好賓」「好朋友」とあり、親好の意で用いられる。「爵」は酒器の形で盃を交わすこと。吾の「五」は器の蓋をする形。祝禱の器に蓋をし呪能を守ることから干吾する意味となる。金文ではわれの意味でも用いられる。「與」は四手をもって捧げる形。貴重なものを奉じて運ぶ。この形は裏卦の形象であろう。「爾」は死者の胸に朱色の文身を加えた形。汝(なんじ)の意味としても用いられる。この文字の左右対称性が卦の形にリンクする。「靡」はなびく、したがうこと。

 

 

 

 

【六三】得敵 或鼓或罷 或泣或歌

 

①敵を得る。或いは奮起し或いはやめ、或いは泣き或いは歌う。

②敵を得る。或いは鼓舞し或いは罷免し、或いは泣き叫び或いは叱責し

 願いの成就を求める。

 

「敵」の「啇」は大きな祭卓と祝祷の器サイ。帝を祀ることを意味する。帝の祀りは嫡系の人が行うので帝に匹敵する義が生じる。「或」は矛を持って守る形象。第三爻は上下卦の境界線にあり運気が不安定となる。私はこの位置を国境、辺境の地と見なし、有事、禍の発生する場所とみている。この意味が六三にそのまま現れる。「罷」は「网」(あみ)+「能」。獣に網をかけて疲労するのを待つ形。やめる義。「歌」は祝禱の器「可」に枝を持って呵責して成就を求めること。この爻辞は離爲火の九三でも同じような表現が出てくる。このことから六三も裏卦の形から作られた爻辞と考えてよい。「敵」は九三と背中合わせとなる九四のこと。「鼓」は裏卦艮の象意。「罷」は裏卦艮と震の象意。九三と九四双方がぶつかり動きを止められている形。「泣」「歌」は兌の象意と見る。

 

離爲火【九三】日昃之離 不缶而 則大耋之嗟 凶

 

 

 

 

【六四】月幾望 馬匹亡 无咎

 

①月満ちて機微を視察し、敵方の雲気を望み吉凶を占う。馬は連れを失う。

 咎められることはない。

②月令にて王が邑を視察し、敵方の雲気を望み吉凶を占う。馬は連れを失う。

 天罰なからん。

 

「月幾望」は風天小畜上九、雷澤歸妹六五の爻辞にも出てくる。月の満ち欠けは裏卦雷山小過の形とみられる。下卦の艮を上弦、上卦の震を下弦の月と考える。上弦から満月まで七日、満月から下弦まで七日となる。この場合九三と九四の間が満月となる。「馬匹亡」も裏卦の形。九三の艮と九四の震が背中合わせで「馬匹」となり、九四が九三から離れていく。

 

 

 

 

【九五】有孚攣如 无咎

 

孚ありて慕うが如し。神罰なからん。

 

「攣」は曲がったものを手にかける形。こだわる。繋がる。慕う意味。九二と九五が向き合い、九二が九五を慕う。九二の「和」と「攣」によってこの卦が和好の卦であることが示される。

 

 

 

 

【上九】翰音登于天 貞凶

 

①飛鳥の声が天高く登る。出入を厳密にし修祓せよ。霊を鎮め災厄を祓え。

②飛鳥の声が天高く響き渡り上帝に登薦する。出入を厳密にし修祓せよ。

 霊を鎮め災厄を祓え。

 

「翰」は高く飛ぶこと。「翰音」は裏卦雷山小過の象意。その上六に「飛鳥離之」とある。九三が上六に応じる。九三は下卦艮の流れで留まり、上六は上卦震の流れで上昇し、互いが逆方向へ進むことで飛鳥が罠にかかる象意となる。「翰音」は騒々しく鳴く鳥であるから、六三の「或鼓或罷 或泣或歌」の象意に応じる。詩経に「翰(たか)く飛んで天に戻(いた)る」とあり、また礼記に「鶏を翰音と曰ひ」とある。飛鳥の声が天高く響き渡る。「登」は元来、登薦(供薦)することを意味する。「天」は上九の位置を示す。この卦の爻辞は表の和好の形と裏の仲違いの形が交錯する。六三、六四、上九の爻辞には裏卦の象意が明確に現れる。

 

 

 

(浅沼気学岡山鑑定所監修)