2026年3月
〔3月の運気〕
3月という月は気学的には振動が地球を揺るがす時と位置づけできます。それは卯という十二支が持つ気が起こすのです。卯はさけると読みます。一つのものが真っ二つに分かれる形が「卯」です。
3月は七赤金星が中宮に入ります。癒し、励まし、喜びの気である七赤金星は欠損の気でもあります。満杯の状態を程よき状態に減らしていくのです。3月のポイントは九紫火星の状態です。七赤金星と九紫火星は非常に密接な関係にあり、七赤金星は堅苦しさを和らげ妥協を図りますが、九紫火星は規律を歪め、緊張を緩ませる七赤金星の気をけん制します。七赤金星のブレーキ役、牽制役が九紫の役目です。
その九紫火星が3月は七赤金星の定位である兌宮(だきゅう)という場所に入ります。九紫火星はこの場所が最も苦手であり、九紫火星の根源的な力である物事の見極めの正しさ、規律、道徳心、礼節が削がれてしまいます。
3月は規律、道義、言説の乱れが浮上します。また東に回座する五黄土星の強い圧力により、正義と道義を著しく歪める行為が世間に露わとなり、これを国民が方々で批判し始めることをも表しています。それは九紫火星を命運に持つ人だけの問題ではないのです。規律を正す九紫火星の気の乱れは世の乱れとなり、すべての人がその影響を被ります。
3月は東西の気が非常に不安定化します。従って日本とアメリカの関係性を中心として、交渉事は思わぬ決裂が生じる可能性があります。
今年のみならずすべての年において、3月という月の気学的な位置づけは現状を維持せよということです。そして既に関係性を密に築いている仲間との結束を固め、よき流れを維持せよとの流れがあります。3月は四緑木星に天道という能力活性化のエネルギーが入ります。四緑木星が家においては家事を整え、組織においては下支えとなる基盤を築き、2月に乱れた日常生活の基盤をきちんと整えます。
大切なことは常に日常の基盤に宿ります。毎日の生活が規則正しく整ってこそ、新たなことに取り組めるのです。
〔肩書がむしろ足手まといになる時代へ〕
2025年は時代の流れを大きく変えていきました。今世界で起きていることを気学的に捉えると、巽宮の時代から離宮の時代へ転換したと言えます。巽宮の時代とはあらゆる意味で組織が世の中を牛耳る時代です。そして主従関係、権力者とそれに従うものとの関係性が固定化されます。そして巽宮は俗世において利害を最も表す宮です。人類は数百年間、数千年の間、この巽宮の時代によって生きる意味を縛られ、組織の中に身を置くことによって生計を営むという型を作りました。
その巽宮の時代は既に過ぎました。次なる離宮の時代は自立と覚醒の時代です。巽宮は物質的な世界が支配的になりますが、離宮は精神の宮です。従って2026年以降は精神性を重視することによって世界が動いていきます。
精神性の時代に移ることの意味は、想像以上に飛躍的な展開になります。但しその移行は実に静かに水面下で行われます。なぜなら離宮への移行は精神の中での自立、精神の中での覚醒になるからです。その中身は誰も知りようがないのです。その人が変わったことが表面に現れないからです。けれどもその人の内面では明らかに変わっていきます。そして自立と覚醒がなされると、考えが変わり、行動が変わっていきます。
物質時代の離宮の意味は肩書地位名誉です。どこに所属し、何をしているか。どういう経歴を持ち、どういう実績を上げたかが絶対的価値となります。一方、精神性の離宮の意味は自分独自の価値観に基づく判断と行動です。その時、肩書地位名誉は重要になりません。どういう価値観を持ち、どういう姿勢で取り組んでいるか。どういう人生の目的を持ち、どのように歩んでいるか。どういう感性を持ち、どういう表現を行っているか。何を一番大切にし、何に価値を感じるか。そういう目に見えない形に現れないものに動機のすべてが向かっていきます。
離宮の時代では肩書、地位、名誉、実績、成績、そして物質的なものを多く持つことは、むしろ足手まといになる可能性が非常に高くなります。なぜなら波動が高い時代において、物質的拘束力が強いものは行動形式をがんじがらめにするからです。
今世界はAIにより急速な進化を果たしています。知識の進化、技術の進化によって、古い形式が急速に役に立たなくなってきています。巽宮時代の感覚に馴染んでいる限り、新たな知識と技術への転換は果たせなくなります。
巽宮の時代は物質的波動が支配的であったため、持つことが安定に繋がっていました。ところが離宮の時代は波動が非常に高いため、もたないことが動きやすさとなっていくのです。
また離宮の時代では何よりもその人らしさが問われます。その人しか持てない発想、考え、知識、技術がネックになります。今までのような標準的な行動形式がありません。独自性こそが引き付ける力になり、信頼を集め、頼られる原動力になるのです。
そういう時代が既に始まっています。今までの価値観でここから進んでいくと、日増しに不自由さ、歩みづらさが出てくることでしょう。なぜなら時代は急速に変化しており、時代は既に大きな曲がり角を曲がったからです。それに気づいている人はその変化を大いに生かし、既に自分独自の才能を発揮し始めているはずです。それは形に現れない世界においてです。世界は何も変わっていないように見える人。いや大きなうねりとともに世界は変わったと気付いている人。目に見えない変化だからこそ、今、真価が問われているのだと思います。
今時代は非常にシンプルになりつつあります。何かを選択する基準が本質的な気持ちに根差すようになってきています。それは喜びから選びましたか。それは喜びから始めましたか。それは喜びから決めましたか。喜びという素直な動機が本当の価値観になるのです。誰か権威ある人が決めるのではありません。権威ある機関が決めるのでもありません。安定的に見えるものにすがり寄ることで安定を得られる時代は通り過ぎています。何かにもたれかかる生き方は通り過ぎ、自分の価値観で決め、それを何よりも価値あるものとして歩んでいく時代が来ているのです。
浅沼気学岡山鑑定所監修